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長崎地方裁判所 昭和35年(ワ)79号 判決 1964年6月12日

原告 全日本造船労働組合三菱造船支部 外一名

被告 三菱造船株式会社

主文

原告全日本造船労働組合三菱造船支部の訴を却下する。

原告古木泰男の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(双方の申立)

第一、原告等の申立

一  原告古木泰男が被告に対し「昭和三三年三月三日原告古木泰男と被告間に締結されその後三ケ月毎に更新されてきた従業員としての雇傭契約上の権利」を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告の申立

一  原告等の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告等の負担とする。

(双方の主張)

第一、原告等の主張

一  請求原告

(一) 被告は肩書地に本社を有し、長崎市飽之浦町所在の長崎造船所のほか各地に事業所を所有して(1)船舶、艦艇の製造、販売及び修理(2)内燃機、汽機、汽罐、水車、ガスタービン、原子力機械その他各種原動機及び付属装置並に工作機械、繊維機械、化学工業機械、鉱山機械、製鉄機械、パルプ製紙機械その他一般機械装置の製造、据付、販売及び修理(3)橋梁、鉄塔、鉄構その他一般鉄工品並に木工品の製作、据付、販売及び修理(4)計量器の製作、販売及び修理(5)兵器の製造販売及び修理(6)船舶救難解撤工事(7)土木建築工事(8)前各号に掲げたものの部品の製造、販売並びに附帯事業を業とする会社である。

(二) 原告全日本造船労働組合三菱造船支部(以下組合という)は被告会社に勤務する従業員のほか組合規約第二条第二項以下に規定する者を以て組織する組合員数約二万名の労働組合であり、原告古木泰男は被告会社長崎造船所の従業員で昭和三三年三月三日雇傭期間を三ケ月とする臨時従業員として雇傭されて以来熔接課電気熔接工として勤務し、三ケ月毎に雇傭期間を更新されているもので、かつ、原告組合の組合員である。同人は昭和三四年九月一八日行われた原告組合長崎造船分会の選挙において執行委員(教宣部長担当、専従)に選出された。而して原告組合長崎造船分会が会社に対し昭和三四年九月二一日右選挙において選出された執行委員の専従通告をして以来、原告古木泰男は現在まで引続き原告組合長崎造船分会の教宣部長として組合業務執行に専従している。

(三) 被告会社は昭和三四年一一月二八日附の「貴殿との労働契約に係る件」と題する書面により、原告古木泰男に対し「会社としては現契約期間の満了日である昭和三四年一一月三〇日をもつて貴殿との労働契約を終了のこととし、同契約の更新は行わないこととしたので御通知します」と通告した。

(四) しかし、臨時従業員たる原告古木泰男と被告会社との間には、雇傭契約の当初から契約期間の定めのない労働契約関係が存在していたものであり、すくなくとも、原告古木と被告会社との間の雇傭契約は実質的には期間の定めのない雇傭契約と同視されるべきものである。仮りに右のとおりでないとすれば、本件においては臨時従業員には「契約更新継続雇傭が当然のこと」として期待されており、被告会社との間に「当然更新される旨の暗黙の合意が成立していた」ものである。従つて、原告古木と被告会社との雇傭契約を被告側の理由によつて消滅させるためには、被告から解雇通告による意思表示がなされる必要があるところ、前記通告には原告古木に対することさらの意思表示は含まれていない。すなわち、会社内部で検討した結果「契約の更新は行わない」という会社内部の意思決定がなされたので念のため、原告古木に通知するというだけのものである。仮りに前記通告が被告会社の原告古木に対する意思表示とみるべきものであつたとすれば、あるいは機械的に更新されてきた有期の雇傭契約の消滅には何らの意思表示も要しないとの解釈が正しかつたとすれば、被告会社が原告古木に対して雇傭契約の更新をしなかつたことは、実質的にはこれを期間の定めのない雇傭契約の解消手段、すなわち、一方的な解雇と同一のものとみなければならないところ、被告会社は憲法第二八条によつて原告古木の在籍専従を了解することを義務づけられていたにかかわらず、何らの合理的な理由もないのに原告古木の在籍専従を認めず、原告古木が組合業務に専従したことを実質的な理由として一方的な解雇をしたのは憲法第二八条、労働組合法第七条第一号にもとり、民法第九〇条によつて無効である。すなわち、被告会社が原告古木の在籍専従に了解を与えなかつた決定的な動機は不当労働行為意思であるところ、かかる動機で被告会社が原告古木の在籍専従に了解を与えず、原告古木を解雇もしくは雇止めの処分にしたのは人事権(了解権)の行使を誤つたもので、権利の濫用、不当労働行為としてその効力が否定される。また、原告古木が被告会社の職場復帰命令に反して在籍専従をつづけたのは、原告古木の判断というよりも原告古木が所属している労働組合の指令指示に従つたもので、在籍専従をめぐる労使間の団体交渉が行われ、組合が該当執行委員に組合業務に専従することを命じていたとすれば、執行委員が組合の指示に従つて組合業務に専従するのは当然であつて、原告古木に組合の指令指示に反して組合業務に専従せず、職場に復帰することを期待するのは不可能である。組合の指示に従つて組合業務に専従した原告古木には責められるべき理由はなに一つない。それどころか原告古木が組合の指令、指示に従つて組合業務に専従したことは原告古木の最も基本的にして正当な組合運動である。しかるに被告会社が原告古木のみが本件について全責任を負うべきものとして原告古木を職場から追放したのは、正当な労働組合運動を理由とする不利益処遇であり、かつ、労使間の継続的信頼関係を支配する公正の原則に反し、人事権を濫用したものとして無効である。また、被告がかかる「取扱い」をしたことは臨時従業員である原告古木が原告組合長崎造船分会の前記組合役員に選出されたことを嫌つてなした原告組合に対する介入行為として無効である。

(五) よつて、原告古木泰男が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。なお、労働組合たる原告組合はその組合員に対する不当な解雇については労働組合の本質的な性格上当然に右解雇の瑕疵を争う権限を有するものであり、仮りにしからずとしても、労働組合法第七条第三号にいう使用者の労働組合に対する支配介入の方途として組合員を解雇する場合は右解雇の無効確認を訴求できるものである。

二  臨時従業員たる原告古木の雇傭契約関係

(一) 臨時工問題の本質

ひとしく臨時工の名で呼ばれている労働者には全く区別されるべき二つの類型がある。(イ)本来の意味における臨時工である労働者、(ロ)労働関係の実態(作業内容、実質的雇傭期間等)は常傭工と同一でありながら雇傭の外面上形式の違いの故に臨時工という名称で呼ばれ常傭工と不当に差別的な取扱いをうけている労働者。原告古木は明らかに前記(ロ)の類型の労働者である。いまわが国で重大な社会問題になつている臨時工問題も右の二つの類型を出発点とし、前提として論ぜられている。わが国の経営者は恒常的な事業運営のために不可欠な部分においても経営政策、労務政策等の見地から労働関係の実態は常傭工と全く同一である労働者を臨時工として雇入れることが多い。かかる臨時工は作業内容は常傭工と変らず、しかも企業運営の不可欠の部分を構成しており、雇傭期間も有期性を失つて長期化しているのに、臨時工という名称と雇傭形式のために常傭工の労働協約の適用から除外され、経済界の不況などの場合には、まつさきに「有期契約の更新拒絶」を以ておどかされ、常傭工よりはるかに不利な労働条件を押しつけられている。かような臨時工の存在は常傭工の労働条件決定についても経営者に有利に作用し、労働者階級全体の労働条件の低下をもたらしている。このような臨時工制度は社外工、下請工制度の運用と相俟つて低賃金政策実現による企業利潤増大のため、意識的計画的な恒常的制度として、経営政策、労務政策の中に組入れられつつある。臨時工制度は労働対策としても、重要な機能を果している。経営者は労働者の中に臨時工と常傭工という身分差を人為的に造り出すことによつて、相互に差別感情を植えつけ、常傭工に誤つた優越感をもたせて、労働者階級の統一と団結に楔を打ちこもうとしている。すなわち、臨時工制度によつて、経営者は労働者を分裂させて支配するという巧妙な労務政策の役割を果させようとしている。

(二) 造船業と臨時工問題の本質

かかる臨時工問題の本質は造船業においても例外ではない。被告は「被告会社が臨時従業員を雇入れた目的はその営業する造船業務は造船受注の多寡により繁閑の差が著しく、他面海運の盛衰により業務の起伏顕著な実状から凡ての従業員を常傭とすることは企業経営上不可能であり、却つて従業員の安定を害する虞れがあるが故である」と述べている。しかしながら「受注の多寡により繁閑の差著しく」とか「海運の盛衰により業態の起伏顕著」だとかいうことは、資本主義経営の機構の本質にもとずくもので、被告の主張するように「造船業の如き特殊事業」に限られるべきものではない。むしろ、それは資本主義下のすべての産業に共通する宿命的な現象とみるべきものである。従つて被告が造船業の特殊性を理由に原告古木を本来的の意味における臨時工であつたかの如く主張するのは失当である。そのことは長崎造船所における臨時工制度の実態、とくに原告古木の労働関係を具体的に分析すれば明らかである。

(三) 長崎造船所における臨時従業員の実態

長崎造船所において臨時従業員として雇傭されている労働者(原告古木を含む)の実態をみると、すでに述べた臨時工問題の本質が長崎造船所においても例外なく示されている。長崎造船所は本件通告当時約三千名の臨時従業員を雇入れ、彼らに三ケ月間の有期契約という雇傭形式を押しつけていた。しかしながら、現実には右の雇傭形式はほとんど無意味なものになつていた。何故なら会社は本件で臨時従業員は三ケ月間の有期契約であることを主張し、労働関係の臨時性を強調しているが、実際には臨時従業員は反覆継続して雇傭契約期間更新の手続がとられ、長期にわたつて雇傭をつづけられてきていたからである。本件当時臨時従業員の九割以上の者が既に二ケ年以上雇傭を継続してきた一事からもこのことは裏づけられている。しかも長崎造船所における従来からの慣行によれば会社が臨時従業員の労働契約更新を拒絶しようとする場合には予め組合に協議を求めており、組合の了解なしに会社が一方的に更新拒絶を行うことはほとんどなかつた。さらに会社はかかる臨時従業員のうち病気のため三ケ月を超えて長期欠勤している者に対しても更新拒絶をせず、労働契約を反覆継続して在籍を認めている事例もある。かように長崎造船所においては、臨時従業員は誰でも契約更新、継続雇傭が常態とされており、これは当然のこととしてすべての臨時従業員に期待されていたのである。かくて被告が本件で雇傭契約の臨時性の根拠として指摘している三ケ月の有期契約というのは、現実には無意味であり、実質上は期間の定めのない労働契約関係として把握されなければならないものである(昭和二四、九、二一、基収二七五一号)。長崎造船所における臨時従業員のほとんどすべては造船工業の重要部分である熔接課、外業工場、内業工場、造機艤装工場、銅工場、船体艤装工場、製罐工場、鋳造工場等々で、常傭工と有機的な一体をなして就労している。そしてこれら臨時従業員は担当作業の質、内容、重要度及び作業経験、熟練度において、常傭工とほとんど区別をつけることができない。かりにかような臨時従業員がいなくなるとすれば、長崎造船所の機能はたちどころに麻痺してしまう。かかる臨時従業員は長崎造船所の事業運営にとつて必要不可欠の構成要素となつていたのである。なお、注目すべきことは、長崎造船所には臨時従業員と呼ばれている約三千名の労働者のほかに多いときには百七十名、現在でも約百名の日傭工が存在し、さらには臨時傭の制度があることである。

(四) 原告古木の労働関係の実態

(1) 原告古木は長崎造船所の臨時従業員で熔接課の電気熔接工をしていたが、熔接課の臨時従業員についても、右に述べた特質がそのままあてはまる。このことは原告古木個人についても同様であつて、原告古木の担当していた作業の質、内容及び原告古木の作業経験、技術熟練度等は常傭工と異るところがなかつた。会社は本件通告にいたるまで、すでに原告古木に対し数回労働契約の更新を重ね、原告古木を継続して雇傭してきたが、昭和三三年三月三日入社の原告古木と同格の臨時従業員は任意退職者を除きすべて現在まで労働契約更新を反覆し、継続雇傭されてきているのである。従つて、原告古木は名称は臨時従業員であつたが、作業内容においても雇傭期間においてもすべて常傭工と同一であり、冒頭の分類に従えばまさしく(ロ)の類型に入るべき労働者であつたのであり、被告会社の経営政策、労務政策の必要から、臨時従業員という名称と雇入れ形式がとられていたにすぎなかつたのである。

(2) 被告会社は原告古木が三ケ月間の有期契約であること、労働関係の臨時性を強調している。しかしながら、長崎造船所の臨時従業員(原告古木を含む)については、本件当時右の雇傭形式はほとんど無意味なものになつていたのであり、実質上は全く臨時性を喪失していたのである。すなわち、本件当時、臨時従業員の九割以上の者がすでに二ケ年以上長期に雇傭をつづけられていた。長崎造船所においては、昭和三四年一一月現在でさえ既に臨時従業員を含めて昭和三七年までの生産計画が組まれていたことよりすれば、会社は臨時従業員を実質上は臨時の名称に反し、恒常的に雇傭することを前提として、長期の生産計画を組んでいたことが明らかである。その後の経過をみても、当時約三千名いた臨時従業員は昭和三七年には大部分が常傭工に切替えられてきている。原告古木は同僚中でも最も優秀な電気熔接工の一人として昭和三三年三月三日入社以来、会社は既に数回労働契約の更新を重ねてきており、原告古木と同時期に入社したいわば同格の臨時従業員は任意退職者を除きすべて継続雇傭され、現在常傭工に切替えられている。しかも、長崎造船所における従来からの慣行によれば、会社が臨時従業員の労働契約更新を拒絶しようとする場合には、予め組合に協議を求めており、組合の了解なしに会社が一方的に更新拒絶を行うことはほとんどなく、また、臨時従業員中三ケ月の有期契約を越えて長期欠勤している者に対しても会社は労働慣行として更新拒絶をせず在籍を認めてきている。また、会社は本件主張とは異り、日常は殆んど自ら更新手続自体についても重視せず、形式的事務処理的にしか取扱つていなかつた。すなわち、形式的には期限満了後何日も雇傭期間更新通知がないまま従来のとおりそのまま継続勤務していた事実がしばしばあつた。かように、本件においては契約更新という雇傭形式自体が無意味になつていたのである。戦前における臨時工についてのきわめて注目すべき事件である戸畑鋳物事件の大阪地裁判決(昭和一一年九月一七日)の要旨は「臨時工であつても一年以上の長期にわたり、工場の目的とする本体作業に従事していて一応期間に定めはあつても、それを反覆継続していてこれを断絶するためには、特別の意思表示を要する事実があるときは、その期間を定めたことは一片の形式にすぎなく、その実は当初から契約期間の定めがなかつたものと見るのが相当である。」としている。(同旨京都地労委、昭和二七年一二月二二日京都市水道局事件)。

(3) そこで本件においては、原告としては第一次的には後に述べるところと相俟つて、原告古木を含む臨時従業員と会社との間には、雇傭契約の当初から契約期間の定めのない労働契約関係が存在していたものであることを、主張する。もし、仮りに右のとおりでないとすれば、第二次的に本件においては臨時従業員には「契約更新、継続雇傭が当然のこと」として期待されており、会社との間に「当然更新される旨の暗黙の合意が成立していた」ものであることを主張する。

長崎造船所の臨時従業員は入社するに当つて誰でも本当に三ケ月でやめさせられると考えている者は全然おらず、それは単なる形式的名目上のことにすぎず、実際は普通にまじめに勤務を続けて行けば、定年まで長期継続雇傭(常傭として)をされるものと考えているのが実態であつた。原告古木が入社するに当つては、長崎県立職業補導訓練所で半年も技術訓練を受け、採用試験においては何倍もの競争者の中から技術試験をうけて合格してきたのであり、国家試験による技術免許を持つている。かつ、身元確実な保証人も要求されている。右補導訓練所では会社自らが資材と講師を提供して技術者の養成に当つていたのであるが、このことは当時会社としては、技術者不足を緩和するために長崎造船所の恒常的基幹要員としての技術者育成のためになしていたものである。一方臨時従業員の採用試験においても、その選衡の基準は工員の自然減耗が激しいので当然基幹要員の補充として技術、人物、学歴、家庭、環境、適性、健康等の諸点を慎重かつ厳格なテストの結果により判定しているのであつて、到底会社がいうように一時の山くずし的なものとして採用しているものではない。また、船体艤装工場で採用された臨時従業員は同工場の基幹要員確保ということからその要員補充として行うものであることが、労使代表で構成される工場経営協議会で確認され、会社側の平田工場長もそのことを説明している位である。また、昭和三一、二年以降の臨時従業員の採用については、従来の臨時従業員と比較して次の特殊性が認められるすなわち、長崎造船所では、昭和二九年頃の不況から立ちなおり、設備投資に伴う生産設備能力の大規模の発展のため、従来始めから常傭の少数幹部要員として採用されてきた技術学校出身者のみにては、工員の自然減耗率にも達しないところから、実質上各工場の恒常的基幹要員の補充にせまられ、各工場の基幹要員として臨時従業員が採用されるに至つている特殊な事情が認められる。特に原告古木の属していた熔接関係部門については、従来のかしめ方式から熔接方式に転化するという造船工業の合理化に伴い、新熔接工場、新々熔接工場が設置された。かくてこのような造船企業としての体質転換のため、昭和三一、二年頃より右工場の恒常的基幹要員である熔接工を充員する必要が生じたため、原告古木は他の同僚とともに右工場部門の恒常的基幹要員として採用されたものである。原告古木と同時に電気熔接工として臨時従業員の名称のもとに入社した者は任意退職者を除きすべて継続雇傭され、常傭工に切替えられたが、しかも依然としてそのまま従来と同様の作業をしている。

従つて、被告会社が、以上の事実を故意に無視して、昭和二九年当時長崎造船所において臨時従業員の人数が激減したことを強調して、原告古木の労働関係について「山くずし的臨時性と三ケ月の有期契約」であることを殊更に印象づけようと努力しても、それは前記事態の本質に照らし本件では何ら問題とするに足りない。

三  原告古木に対する在籍専従拒否の不当性

(一) 被告会社は原告古木に在籍専従を認めなかつたことを人事権に基づく当然の行為であるとの立場に立つている。しかし、会社の人事権の行使といえども無制限に自由であることは許されず、現在の不当労働行為禁止、権利濫用禁止制度のもとにおける制約を免れることはできない。この意味において会社が原告古木に在籍専従を認めないことは合理的な妥当性が要求される。なんら合理的な妥当性がないのに原告古木についてのみ在籍専従を認めないことは不当労働行為、権利濫用の観点からその効力が問題となる。

(1) わが国の労働組合は企業内組合の原則に立つているのが実情であるから、従業員の中から組合専従者を選任しないと組合運動は円滑にやつてゆけない。わが国で労働組合の団結権を実質的に保障しようとするならば、在籍従業員の中から企業規模と組合員数に応じた客観的に妥当な員数の組合専従者を認めざるを得ないのである。これを認めなければ企業別組合の団結権は実質的に保障されたことにならない。してみると企業別組合において従業員の中から組合専従者を選任する制度は憲法第二八条、労働組合法第七条にもとずく団結権保障の具体的内容をなすにいたつているといわなければならない。わが国における慣行をみると原告組合の如き規模の場合には数百名につき一名の割合で在籍専従者が選任され、組合運営に当つているのが実情である。ところで被告会社の経営政策、労務政策が変更されない限り、労働関係の実態は常傭工と同一でありながら、労働条件において常傭工と不当な差別扱いをうけている原告古木のような臨時従業員の存在は被告会社では今後とも続くであろう。本件通告当時かかる臨時従業員は長崎造船所において約三千名の多きに達していたのであるが、かかる臨時従業員は自らの労働条件の維持、向上のために自らの代表者を選出して組合役員に送り出し、臨時従業員の利益のために活発に組合運動をさせる必要性が大きい。しかるに、三千名もの臨時従業員の中からわずか一名の組合専従役員も選出することができないとしたら、臨時従業員については、憲法第二八条、労働組合法第七条にもとずく団結権の保障は実質的に奪いさられたにも等しいといわざるを得ない。

(2) さらに、臨時従業員と常傭工が同一組合に加入している原告組合において、臨時従業員についてのみ在籍専従が認められないとするならば、多数の臨時従業員は組合運営に等しく参加する権利を亨受できないことになる。かくては組合規約にもとずく組合員平等の原則(労働組合法第五条第三項、分会規約第一〇条第二号)も破壊される。会社は労組法、組合規約により組合員平等の原則を知りながら、組合が正しく志向しようと努力している組合員平等の原則を横から妨害するのである。そしてこのことは本件通告の基礎たる前記二の(一)で述べたような会社の組合対策の当然の結果でありその発現行為にほかならない。

(3) 労働協約第九章によつて会社組合間には経営協議会が設置されているが、その構成員である組合側委員は従業員でなければならないとされている。ところで右協議会には組合は執行委員を組合側委員として出席させ、協議会の運営に参加させてきた。従つて、組合の執行委員に選任された者で在籍のまま組合業務に専従できないことになるとその執行委員は経営協議会に出席できないことになる。組合執行委員でありながら、経営協議会に出席できないようでは執行委員としての職責を尽くせないのであるから、臨時従業員に在籍専従を認めないことは、臨時従業員が組合執行委員に就任し、執行委員として組合業務に従事することまでもはばむことになる。従つて、組合執行委員のうち右協議会に出席できないものが生じてくるとすれば、組合はその業務活動上多大の制約と不便を蒙らざるを得なくなる、かくては組合及び組合員は会社の本件通告により、必然的に組合専従役員の選任に当り、原告古木の如き労働者を選挙することの自由を奪われることになるのである。かように本件の「専従拒否」は組合組織に対する重大な「団結制限」をもたらすのである。

(4) 被告は原告古木等臨時従業員については、在籍専従を認める労働協約上の明文がないといつている。しかし、協約上の明文がないことは臨時従業員に在籍専従を認めない趣旨ではない。臨時従業員に在籍専従を認めるかどうかは協約と無関係に被告が合理的に妥当な立場できめなければならないことである。例えば、長崎造船所においては、臨時従業員の組合活動については協約上の規定は設けられていない。しかし、臨時従業員が組合活動をする場合は、これまですべて労働協約第一一条(組合活動の自由)、第一二条(組合活動の時間並に給与)第一三条(離席届)等の規定に準拠して常傭工と同一の取扱いがなされてきた。一例をあげると臨時従業員が組合活動のために会社業務を離れる場合には協約第一三条によつて離席届提出という手続がとられるだけであつて、それ以上の手続は要求されていなかつた。組合活動のために会社業務を離れるという関係においては組合専従も離席届提出も本質的な違いはない。しかも本件では原告組合は原告古木の役員選出直後から被告会社に対して組合専従につき何回も交渉を重ねていたのである。従つて原告古木の専従活動についても、その他の組合活動と同じく常傭工と同じ取扱いがなされて然るべき筋合のものである。しかるに原告古木の在籍専従については会社と組合間の労働協約における組合活動条項が臨時従業員にもそのまま準用されるという労働慣行が全く無視されている。そして何ら是認されるべき合理的根拠がないのに常傭工と臨時工の形式的な差異を口実に原告古木の専従活動を常傭の組合専従役員一四名の組合活動(専従活動)と同様に取扱わず、あまつさえ本件のような不利益取扱いをしてきているのである。

(5) 被告は原告古木が在籍のまま組合役員として組合業務に専従することは臨時従業員の雇傭目的に反するかの如き主張をする。しかし、原告古木の労働関係の実態及びその真の雇傭目的については、既に述べたとおりである。従つて原告古木のような臨時従業員も常傭工も会社が雇傭している目的からいえば「会社の工事に専心従事させるのがその本質である」ことにおいては、異るところはない。しかも現在会社が組合専従を承認している組合員の中には、会社の事業遂行上原告古木よりも必要度の高い地位にある技師、事務、技手、工長、組長、伍長の地位にある者がいる。また、既に述べたように病気のために長期に職場を放棄している臨時従業員で引続き契約更新されながら在籍している者もいるのである。かかる臨時従業員約三千名の中からとくに選ばれて組合役員に就任した原告古木に在籍専従を承認したとしても、会社の業務運営に支障を来たすようなことはない。組合専従者の給与は組合負担となつているのであるから、会社が原告古木の組合専従を承認したとしても、そのことから経済的損失は生じてこない。会社が原告古木の組合専従を拒否することによつて守らるべき利益はそれが原告組合に与える重大な損失に比較すると全くとるに足らぬほど軽微のものであることがわかる。

(二) 原告古木は原告組合長崎造船所分会の全組合員の無記名投票によつて、執行委員に選出され、専従者服務規定と組合の執行機関である執行委員会の決定によつて長崎造船所分会教育宣伝部長に就任し、組合の日常業務執行に専従している。従つて、原告古木の専従活動はまさに正当な組合活動である。しかるに被告会社は原告古木の専従活動を職場離脱であるときめつけ、組合が再三再四理を尽して専従承認の交渉を重ねたにかかわらず、遂に本件通告に及んだのである。右通告が実質上の「解雇」又は「不利益取扱い」に該ることは原告古木が前記二の(一)で述べた(ロ)の類型にあたる臨時工であつて、雇傭契約更新を当然の前提として雇傭されていたことからみて明白である。会社は原告古木の臨時従業員としての特殊性を指摘して原告古木に在籍専従を認めないことの合理性を強調している。しかし、それがわれわれを納得させるものでないことは既に述べたとおりである。何ら合理的な妥当性も必要性もないのに、原告古木に在籍専従を認めないことは会社側に表面的な理由とは別な他意がひそんでいることを推測させるに充分である。本件についてみるに、原告古木は長崎造船分会における最も熱心な組合活動家の一人であり、臨時従業員のみならず、本工からもその活発な組合活動が期待されていたものである。このような原告古木が執行委員に選任されたことを知つた被告会社は、原告古木の如き人望ある熱心な組合活動家がとくに臨時従業員出身の組合員が執行委員に就任することを嫌忌し、原告組合の運営に介入する意図のもとに原告古木の在籍専従を承認しない方針をとつたものとみるほかはない。このような意図でなされた人事(在籍専従不承認、雇傭契約更新拒絶)は労働組合法第七条第一号、第三号で禁止されている不当労働行為であり、かつ、人事権の濫用として無効である。

(三) 原告等はわが国においては在籍専従制は憲法第二八条の団結権の具体的内容をなし、かつ、団結権保障と不可分のものとなつていることを主張する。それについてはわが国労働組合の組織形態の特質と在籍専従制との関係から考察されなければならない。わが国の労働組合の組織形態は特に戦後インフレーシヨンの進行中急速に工場別、企業別の組合組織に一括全員加入という方式でいわゆる企業別組合として組織されて行つた。従つて外国のように職業別組合の長い伝統をもつて横断的な全国的な組織形態の中に個人加盟方式で入つていつたという組織形態とは違つた特色があるとされる。このようなわが国の組合では工場、企業内毎に労働組合の団結自治と団結機能を維持して組織の運営により組合本来の目的を達成するためにはどうしても企業内特に職場で従業員の労働条件改善のための組合活動をやらざるをえない。そして、工場、企業内毎の組合運営にはそれぞれかなりの凸凹と特殊性があり、そのため組合役員も企業内従業員の身分を持つた者の中から選出されて組合運営に当つてきており、外部からは入りにくい事情がある。一方経営者としても企業内の組合に外部の者が役員として入るよりも、いわゆる従業員に対する子飼意識の伝統やその他労務政策の見地からむしろ企業内組合と在籍専従を歓迎してきた面がある。かようにわが国の企業別組合の組織運営としては工場毎、企業毎に団結権を行使せざるをえない現実と特色からして必然的に今日まで在籍専従によつて組織運営がなされているのである。従つて沼田教授も言われるように「このような実態において現存の団結自治を承認するとなれば、在籍専従制を承認せざるを得ないだろう。専従制を否定することは直ちに組合の自主的統制体としての活動、団結活動を否定することにならざるを得ない。団結承認ということが団結の統制機能を承認することだとすれば、専従制を認めるほかないのである。各国の団結権は各国の姿に即して内容づけられる。日本の団結権は日本の組合の権利として保障されていると解するほかはない。在籍専従制の否認が団結自体の否認となる現実の下ではこの制度を承認すべき使用者の義務は組合の自治や自主的統制機能を受認する義務に等しい」(有斐閣労働法と経済法の理論菊地勇夫教授六十一年祝賀記念論文集八九頁以下参照)といえるのである。かくてわが国の在籍専従制度は団結の本質的機能と必然的なかかわりをもち、そのかぎりで憲法第二八条の団結権の具体的内容を構成するものとして理解されるべきである。(東洋経済新報社編、組合活動をめぐる法律問題横井芳弘助教授七十一頁以下、同趣旨季刊労働法第三七号松岡三郎教授十五頁以下参照)。

ところで被告会社は本件で原告古木について在籍専従を認めなかつたのは人事権に基く当然の行為であるという立場に立つているようである。しかし、従来のわが国では経営者の人事権の行使として自由とされた行為も今日ではそれが労働者の団結を妨害する意味をもつ限り不当労働行為とされ、あるいは自由の濫用であり、違法であるとされるようになつた。特に憲法第二八条で保障している団結の権利は単に国家権力からの自由というだけに止まらず、労使関係の場で経営者に労働者の団結の承認(団結の自治とその経済的社会的機能の承認にほかならぬ)を義務づけているものと解すべきである。(前掲沼田論文参照)。ところで被告は有斐閣発行労働法大系一六〇頁以下を引用し「いうまでもなく在籍専従制度は使用者の認容に基き初めて実現されるものであることは学説の肯定するところである」といつている。しかしながら右被告の引用の仕方自体極めて歪曲的であつて、右著書の論文の趣旨に忠実でない。即ち右被告引用の恒藤武二氏の論文によれば最近在籍専従制度に対して否定的見解を示すものがあるが、「右の見解は在籍専従制度は使用者の認容に基づいて実現されるものであり、従つて使用者の態度によつては労組運営の自主性に悪影響が及ぶ危険性がある点を根拠とする。しかし、在籍専従制度は団体交渉の結果労使の了解の下に設けられるものである以上、労使間の取引の対象になる可能性はあるとしても、恩恵的な制度ということはできない。専従期間が終つたのち職場に復帰する権利を認めることが恩恵的というなら性質は異るが、先任権制度も恩恵的制度ということになろう。(中略)我が国の企業別労働組合組織が労働組合としての機能と工場委員会的機能とを二重に果している点から、少なくとも使用者が給与を負担しない在籍専従の制度は現状では必要とされる」と述べられた上、在籍専従制度についての問題はわが国の労働運動が直面している重要問題の一つであるとされる。

本件では後述するように被告会社が在籍専従を拒否することについての何らの合理性も妥当性もないことは明らかである。ここでは先づ前述した企業別組合の組織運営と在籍専従制との関係における前記理論的立場から被告の本件専従拒否の違法性を例示する。

(1) 本件通告当時長崎造船所においては原告古木を含む臨時従業員は約三千名に達していた。既に主張してきたようにかかる臨時従業員は自らの労働条件の維持向上のために自らの代表者を選出して組合役員に送り出し、臨時従業員の利益のために活溌に組合活動をさせる基本的権利を憲法第二八条によつて保障されているし、また、その必要性は特に大きかつたのである。しかるに被告会社の本件専従拒否は三千名の臨時従業員に対し、首切り覚悟でなければ、わずか一名の組合専従員を選出することすらできないことを意味し、結局三千名の臨時従業員に対して憲法第二八条、労働組合法第七条にもとづく団結権の保障を実質的に奪い去るに等しいもので違法である。

(2) 原告組合の長崎造船分会においては、昭和二五年頃より臨時従業員と常傭工とは同一の組合に統一し、団結して組織運営をしてきたのである。ところで右長崎造船分会の自主的団結と組合自治は勿論組合員平等の原則(労働組合法第五条第二項、分会規約第一〇条第二号)をその必須的基本的要素としている。従つて、右分会の自主的団結と組合自治は既に述べたとおり経営者と雖もこれを承認し、受忍すべき義務があり、これの否認ないし侵害をもたらす行為は違法である。そうすると、被告の本件専従拒否は約三千名の臨時従業員についてのみ在籍専従を拒否するのであるから右臨時従業員に対しては労働組合法第五条第二項、組合規約第一〇条第二号にもとづき組合員平等の原則による右分会の自主的団結と組合自治に等しく参加する団結権を奪うこととなり違法である。従つて、また、右専従拒否により原告組合組織としては労働組合法第五条第二項と組合規約第一〇条第二号にもとづく組合員平等の原則による自主的団結と組合自治の団結権を侵害される。

本件においては、被告会社は当然のことを承知している(前記労働協約第一七条第一号)のであるが、しかも敢て本件専従拒否を強行してくるのであるから、会社の本件行為は組合員平等の原則にもとづく組合組織の自主的団結と組合自治に対する重大な支配介入の不当労働行為である。

(四) 仮りに前述のように在籍専従制が憲法第二八条の団結権の具体的内容を構成するものとして理解されなければならないとする前記原告主張の立場が採用されないとしても、本件の原告、被告関係においては、労働協約による逆締めつけという特殊的関係があるから、被告会社は本件原告古木の専従を受忍し、承認すべき筋合いであり、本件専従拒否は不当労働行為であつて違法である。東京大学有泉亨教授も組合活動をめぐる法律問題(東洋経済新報社編)の論文「在籍専従者制度論」で「法律的にみると在籍専従者を認めるかどうかは、私企業については契約自由の原則できまる。またそれが望ましい。協約で逆締めつけが行われていれば、在籍専従者はある意味では論理的必然として認めなければならない。相当の規模の工場で使用者が逆締めつけをしておきながら、在籍専従を否定すれば、わが国の実情では組合への介入という意味をもつ」(同著書五〇頁以下)と述べている。

本件会社、組合間には労働協約により経営協議会(経協と略称)が設置されている。右経協の役割機能は他の労使間のそれと非常に異つた特徴がある。即ち、本件会社と組合との長期の労働慣行によれば、他の労使間では団体交渉として取扱われている従業員の労働条件に関する問題や諸事項は、本件労使間では日常的に経協の場で協議され、処理されてきていたのである。勿論団体交渉の手続は行われていたが、それはむしろ労使間での意見の一致しにくい問題で場合によつてはやむなく争議行為等に入らなければならないことが考えられる場合の手続として選ばれてきていたのであり、日常的な従業員の福利、労働条件等に関する諸事項の協議話合いによる処理は経協によつて運営されてきたのである。ところで、右労働協約第九章では右経協の組合側の構成についても、従業員でなければならないとされている(労働協約第七六条第二項)。従来右経協には、組合側からは執行委員が出席することになつており、右経協出席は執行委員としての重要な職責とされてきた。ところで、執行委員のうちのある者について、在籍専従が拒否されるということになると、その者は右経協に出席できないことになり、執行委員としての職責を尽くせないことになる。従つて組合としては執行委員のうち右経協に出席できないものが生じてくるとすれば、その業務活動上多大の制約と不便をうけ、組織運営上重大な障害が生じてくる。かくて、本件専従拒否がもし容認されることになれば、組合及び組合員は必然的に組合専従役員の選任に当り、原告古木の如き立場の労働者を選挙することの自由を奪われることになる。かように被告会社が労働協約を通じて逆締めつけをしておきながら、組合運営上重大な障害をもたらす本件専従を拒否することは、組合員平等の原則による組合組織の自主的団結と組織運営に対する重大な「団結制限」をもたらすもので、前記有泉教授の見解のように労働組合法第七条に違反することになるのである。

(五) 被告会社は臨時従業員の組合活動はこれまで会社が便宜的に認めてきたもの、つまり、恩恵的に認めてきたものであるという立場をとつている。しかしながら、かかる会社の主張自体憲法、労組法上団結権の保障とその尊重を義務づけられている現行法秩序のもとでは決して許されないものであり、会社の労使関係についての根本的考え方が全く反憲法的反労働法的基盤に立つものであることが明らかである。また、団結権の本質と会社の受忍義務は本質的には労使間の労働協約の存否如何により何ら左右される筋合のものではない。会社は本件において臨時従業員について専従協約の不存在を強調するけれども、長崎造船所においては昭和二一年一月一九日組合結成以来、昭和二二年一〇月労働協約が締結されるまでは、無協約、無協定であつたけれども、在籍の組合専従員として、当初組合執行委員一六名、各専門部、副部長二七名、各専門部員十数名が会社から専従を拒否されることなく、組合業務に専従していた。そして昭和二二年には組合組織の執行体制整備のため各専門部副部長を執行委員として合計四一名の在籍の執行委員が被告会社から拒否されることなく、組合業務に専従していたのである。その後組合自身の内部事情により専従役員の数は組合の自主的決定により増減があつたが、中途から締結された労働協約の文面規定上は専従については会社の了解をうるとされていても現在までの労働慣行上は現実に組合からの一方的通知ということで会社も何らの異議なく処理されてきているのが実態である。現行労働協約第九七条に「本協約は臨時従業員には適用しない」と規定されていることは、臨時従業員が組合員平等の原則により常傭工とともに同一の組合組織に自主的に団結して団結権を行使する権利を会社として承認し、受忍する義務をいささかも緩和するものと解することはできない。さらに右の臨時従業員を常傭工に対する場合と差別して取扱つてよいということにはならないのである。かくて、長崎造船分会の組合員である臨時従業員の組合費徴収については、何らの協約協定はないが、いわゆる“チエツク・オフ”の取扱についても、現在までの長期に亘つて常傭工との労働協約第一八条の規定に準拠して常傭工と同一の取扱いがなされてきたのである。さらに長崎造船所の臨時従業員は常傭工とともに組合員平等の原則により日常的に分会の組織運営に参加して団結権を行使する権利を有し義務がある。かくて、臨時従業員については就業時間中の組合活動についても何らの協約協定はないが、就業時間中会社業務を離れて組合活動をする必要が生じた際は、現在まで長期に亘り常傭工との労働協約第一一条(組合活動の自由)、第一二条(組合活動の時間並に給与)、第一三条(離席届)等の規定に準拠して常傭工と同一の取扱いがなされてきた。従つて団結権の本質と会社の承認義務、受忍義務及び本件労使間における特殊の関係並に長期間の前記労働慣行を考慮すれば、原告古木の専従活動についても常傭工と同一の取扱いがなされて然るべき筋合のものである。従つて、右の団結権の本質及び前記労働慣行に照らして本件専従拒否は何ら是認されるべき合理的根拠がないばかりか、違法である。

(六) 労働協約第九七条の意義

昭和三四年五月三一日付で原告組合と被告会社との間に締結された労働協約第九七条には「臨時従業員には適用しない」と書かれている。ところで被告会社は「臨時工が在籍のまま組合専従者として就任できないことはその性格からも、また協約によつても明らかである」とし「協約第九七条には明らかに本協約は臨時従業員には適用しないと規定していることは同第一八条の適用がないことを明らかにしたものである」と主張して、臨時従業員が在籍のまま組合業務に専従することは労働協約第九七条に違反していて認められないと主張するのである。しかし、前記労働協約は原告組合と被告会社との間において、臨時従業員である組合員については明文化された労働協約は作成されず、本工である組合員についてのみ適用されるものとして締結し、調印されたもので、労働協約第九七条に「本協約は臨時従業員には適用しない」とあるのはその意味である。言葉をかえれば、被告会社と臨時従業員である組合員との間には、労働条件その他に関する労働協約の定めはなく、従前どおりいわゆる無協約の状態のままにしていたことになる。従つて、臨時従業員には労働協約どおりの取扱いをしないというのとは異るのであつて、臨時従業員についてどのような取扱いをするかは労働協約は関知しないといつているだけである。もし、協約第九七条を被告主張のごとく解釈しなければならないものとすれば、それは臨時従業員の団結権、団体行動権を不当に制限し(憲法第二八条違反)、かつ組合員の均等取扱いをうける権利の保障(労組法第五条第三号)に違反することになつて、協約第九七条そのものの効力が否定されなければならないことになる。ところで臨時従業員に適用さるべき明文の労働協約がなければ、労働条件、組合運動その他について、臨時従業員はいかなる取扱いをうけることになるのであろうか。一定期間にわたつて適用さるべき条項があらかじめ協定されていないのであるから、いかなる取扱いをするかは、必要が生じたときにそのつど決定されるほかはなくなる。それが労働条件その他労働者の待遇に関する重要なものであれば、労使が対等の立場で交渉して決定しなければならないことになる。そうなると、過去における慣習、職場労働組合の実態その他諸般の事情が決定の資料となるべきことはいうまでもない。その場合、臨時従業員が臨時従業員ということから生ずる実質的な差異にもとづき本工と異つた取扱いをうけるのは止むをえないとしても、そうでないのに臨時従業員を故なく差別扱いすることは到底正当とはいえない。本件に関していえば、本工たる組合員については「組合は組合業務に専従させるため、会社の了解を得て、組合員中より組合業務専従者を置くことができる」(協約第一八条)という条項が適用され、会社の了解が得られたときは、従業員たる本工の中から組合業務専従者をおくことができる仕組みになつている。だが臨時従業員については、右協約がそのまま適用されることはない。臨時従業員たる組合員の中から組合業務専従者をつくる必要が生じたとすれば、そのとき、組合が会社と交渉して、個別に組合業務専従者をおくかどうかをきめることになる。なるほどその場合会社は当然に組合業務専従者を認めることを義務づけられているかどうかについては議論の余地もあろう。だが、この点は本工たる組合員についても同様であつて、本工に対する長年にわたる取扱いの慣行は組合が申出た執行委員は例外なく在籍専従について会社の了解が得られていたという事実に照らして、会社の業務遂行上代替性のない従業員について在籍専従の了解を求められるというような特別の事情のないかぎり、組合は当然無条件に在籍専従が了解されることを期待できる事情にあつたし、会社も特別の事情がないかぎり、事実上了解を与えることを義務づけられていたというにすぎない。従つて、協約第一八条が適用されるかどうかによつて、当然に別異の取扱いをうくべきものとは限らない。協約を機械的、形式的にとらえるなら、会社は本工についても組合業務専従者を認めるか認めないかを決定する自由をもつているであろうし、臨時従業員についても組合業務専従者を認めるか認めないかを決定する自由をもつていることになる。労働協約との関係で考えるかぎり、本工たる組合員であろうと臨時従業員たる組合員であろうと、会社が主張するような実質的なちがいはないわけである。

第二、被告の主張

一、請求原因に対する答弁

(一) 原告ら主張の請求原因(一)(二)(三)の各事実は争わない。同(四)(五)の各事実は否認する。

(二) 被告会社は昭和三三年三月三日原告古木を期間三ケ月と定め臨時従業員として雇傭するに当り、会社が三ケ月の期間を超えて引続き使用せんとする場合は、会社からその旨を通知することにより契約期間が更新されたものとし、何等の通知なきときは雇傭は終了することを明らかにし、かつ、原告古木は会社の臨時従業員就業規則を守り、誠実に職務を遂行することを特約したものである。けだし、被告会社が臨時従業員を雇入れる目的は、その営業とする造船業務は造船受注の多寡により繁閑の差著しく、他面海運の盛衰により業態の起伏顕著な実状から凡ての従業員を常傭とすることは企業経営上不可能であり、却つて従業員の安定を害する虞れあるが故である。ここを以て工事繁忙の期間又は特定工事消化のため必要に応じて臨時従業員を雇入れて就業せしめ、業務が平常に復した場合は臨時従業員は雇傭期間の満了により雇傭を終了し、これによつて常傭従業員の就労を安定せしめる等の配慮の結果、臨時従業員の制度が発生したものであることに留意を要する。かかる雇傭形態は被告会社ばかりでなく、造船業の如き特殊事業には殆んど例外なく採用されている現況である。原告古木は被告会社と雇傭契約に当り、この事実を承知し、会社事業の繁閑その他の事情により雇傭期間の満了と共に雇傭関係が終了することは予期しているところである。被告会社が原告組合と協約を締結するに当つても、また、就業規則を制定するに当つても、その特質を検討し、協約は臨時従業員に適用せず、就業規則は常傭の者と区別し、特別な規則を制定して労務管理を実施し職場秩序が保持されているのである。従つて、臨時従業員が会社業務を全く離れて在籍のまま組合役員として組合業務に専従するが如きは雇傭目的自体に反し、かつ、労使間のルールを定めた労働協約に反するものである。

(三) 原告組合は昭和三四年九月一八日組合執行委員の選挙を行い、その結果原告古木を含め一五名の執行委員が当選したので同年九月二一日被告会社の長崎造船所長に対し労働協約第一八条に基き専従(在籍のまま休職扱とする)の了解を求めてきたが、同協約第九七条により臨時従業員にはこの協約は適用しないとの条項については何ら触れるところがなかつた。そこで被告会社は協約の定めるところに従つて原告古木を除くその他の一四名については在籍のまま休職扱いとして組合業務に専従することを認め、原告古木については前記(二)に述べた理由により認めがたいと回答した。これに対し、原告組合からは原告古木を含めるようとの交渉があつたが、被告会社は前記の理由並びに前記協約締結に至る経過事情を詳細に説明して、組合の再考を促しつつ数回の交渉を重ねたが、組合は納得しないので同年一一月一七日付を以て原告古木に対し職場復帰を命じたが、同人は本来の職場で就労の意思なく、しかも右業務命令に応じなかつた。この経緯は組合にも通告ずみである。被告会社従業員は就労規則上所属上長の許可なくしてその職場を離脱できないことになつているのであるが、原告古木はこの許可を得ず、かつ、会社と組合間の交渉中において会社の方針を熟知しながら、職場を自儘に離脱したばかりでなく、職制の命令にも従わず職場離脱を継続したので、同人には全然就労の意思なきことが明らかとなつた。よつて、被告会社は原告古木の雇傭期間満了と共に更新を行わないこととし、念のため、昭和三四年一一月二八日附書面を以て同月三〇日で雇傭契約期間は満了する旨を通知したのである。すなわち、原告古木と被告会社との雇傭契約はこの時を以て完全に終了したものである。しかるに原告らは「被告会社の行為は実質上の解雇である」、「仮りにそうでないとしても労組法第七条第一号の不利益取扱いである」、「かかる取扱いをするに至つたのは組合役員に選出されたことを嫌つてなした原告組合に対する介入行為で無効である」と主張するが、解するに苦しむ。けだし、原告古木が臨時従業員たる身分を喪失したのは雇傭期間の満了によるものでその他の何ものでもないからである。

二、原告らの主張に対する反駁

(一) 事実の認否

(1) 原告らは「古木の職場離脱」とは「組合の専従役員」に就任したことを指したものと断定しているが、職場離脱がそれのみに限定されるか否かは被告の知らざるところである。もし、常傭従業員が専従者として組合業務に従事しようとするならば、予め会社の了解を要する。原告古木は臨時工であるから専従につき了解を与うべき筋合ではない。従つて、不就労は原告古木の独自の判断によるものであり、被告会社が職場離脱ないし就労の意思なきものと解するのは当然である。

(2) 原告らは臨時工の類型は二つあると規定して原告古木は作業内容や雇傭期間が常傭工と同一である第二の類型に属すると断定しているが、その誤れることは既述したとおりである。

(3) 原告らは、また、「臨時工問題の本質」と題して原告の意見を述べているが、造船工業における臨時工の本質は原告の見解とは著しく異り特殊事情下に発生したものである。原告らは「有期契約の更新拒否」を以ておどかし、「不利な労働条件を押しつけ」ひいては経営者は「常傭工の労働条件決定について経営者に有利に作用し」「低賃金政策実現による企業利潤増大のため」「臨時工と常傭工という身分差を人為的につくり、相互に差別感情を植えつけ、労働者階級の統一と団結に楔を打ちこもうとしている」と述べているが、かかる見解は被告会社の臨時工制度に該当せざるは勿論、被告会社の真意を曲解し、誹謗するもので全面的に否認する。

(4) 原告らはその臨時工についての見解について「造船業においても例外でない」と断定しているが、被告はこれを否認する。また「造船業の特殊性を云々するが、それは資本主義経済機構の本質に基く宿命的な現象である」というのであるが、原告ら及び被告は共に該機構の下で労使関係を結びいうところの宿命を肯定し契約を履行してきた。原告の言分は別の世界から資本主義社会を覗き見しての批判であつて、現実の問題に即しないものである。

(5) 原告ら主張のように「長崎造船所に三ケ月間の有期契約で臨時工が約三千名就労していた」ことは認めるが、かかる雇傭形式を押しつけていた事実はない。(イ)臨時工の雇傭期間を更新し一年又は二年雇傭している者もあるが、それは造船工業が過去数年間受注が多かつた結果であつて、期間更新を繰り返したからとて臨時工の本質に何の変りもない。(ロ)臨時工の契約期間満了による退職の場合、組合に事前にその事情を説明したことはあるが、右は協約上の義務に基くものではない。(ハ)病欠三ケ月を超ゆる者の期間更新を行つた例はあるが、それは恩恵的のものである。かかる例があるため或は臨時従業員は継続雇傭を期待している者もあるであらうが、現在臨時工の期間更新を続けているのは機構の大きな造船業のみである。原告は三ケ月の有期契約は現実には無意味であると謂い昭和二四、九、二一基収第二七五一号を援用しているが、基収第二七五一号は労基法第二一条の適用について労働者保護のため予告手当の交付については期間の定めのない契約と同一に取扱うべきものである旨を解答したもので、有期契約が無期契約に変更されたものと解する趣旨ではない。いうまでもなく期間の更新は期間の更新であつて、あくまでも有期契約が存続することに変りはない。(ニ)原告らは「常傭工と臨時工との作業内容が同一であり熟練度も区別できない。臨時工がいなくなれば、長崎造船所の機能は麻痺する」と述べているが、常傭工の採用規準並に入社後の訓練と養成とは臨時工と全く別であつて、作業内容が同一であるからといつて直ちに両者は同一だと速断することは誤りである。(ホ)臨時工にして優秀な者の存在することも事実で会社は適時臨時工の中から常傭工に採用していること周知のとおりであるが、臨時工がいなくなると作業が麻痺するようなことはなく、臨時工はピーク処理のため必要なものでピークがなくなればたとい臨時工がいなくとも作業が麻痺することはない。(ヘ)原告らは日傭工が時に百七十名現在百名存在するというが、これは港湾労組の運搬関係が主であり、現在は右の運搬関係(四、五十名)を除けば日雇は十数名に過ぎない。

(6) 原告古木が電気熔接工であつたこと、同人と数回労働契約の更新をしたこと、同人と同時に雇入れた臨時従業員にして現在契約更新して臨時工として就労している者が存在することは認める。けれども、原告古木がいわゆる(ロ)の類型に入る労働者であること、常傭工となんら差別されるべき理由なきことは否認する。常傭工に組合専従を認めたのだから原告古木に対してもこれを認めるのが至当だとの趣旨は容認できない。原告らは期間更新を繰返すことにより期間の定めは無意味となり、期間の定めなき契約に変更したが如くに主張するが、その誤れることは詳説の要なしと信ずる。けだし、期間を更新する意思表示は改めて期間を定めることたること疑いの余地がないからである。しかして期間を定めた場合に期間満了の時に継続(更新)せずと通知するには何らの理由を必要としないことはいうまでもない(有斐閣発行石井照久、有泉亨編集、労働法演習一八九頁参照)。ただ本件では多少の理由を附し更新拒否の通知をしたのであるが、この理由を附したことは原告古木が就労を拒否した特殊事情があつたので、この点を明らかにし会社の措置は極めて適切であることの説明に換えたのである。しかして原告古木が職場放棄した経験については後述するところであるが、臨時工が在籍のまま組合の専従役員になるが如きは異例に属するが故に組合も労働協約に除外規定を設けることを承認し、多年これを遵守してきたばかりでなく、昭和三四年の協約改定交渉の小委員会における論議の経緯に鑑みるも組合が原告古木の専従につき当然会社が了解すべしとの主張は相当でない。かかる事態を認識する原告古木が専従者に就任するからとの理由で会社の反対を押し切り就労を拒否し、業務命令を無視し、二ケ月以上にわたり職場離脱を敢えてなしたる場合、会社が原告古木の行動は就業規則違反の著しきもので雇傭を継続すべきにあらずと決定し、期間更新をせず、期間の満了によつて雇傭関係を終了に至らしめたことは企業防衛の見地からするも、かつ、臨時工雇傭の目的からするも当然の処置である。しかるに原告らは「協約の存することによつて臨時工の在籍専従が認められないことになつているとは解釈していない」と釈明主張し、原告古木の専従者たることを了解しないのは違法であるとなし、実力を以て職場を放棄し、組合業務に専従することは正当であるかに振るまつているのであるが、それは甚しい独断である。いうまでもなく、在籍専従制度は使用者の認容に基き初めて実現されるものであることは学説の肯定するところである(有斐閣発行労働法大系一六〇頁以下)。それ故に労使間の協定と了解によつてのみ原告古木の組合役員専従は合法であると解すべく、この了解事実なき限り原告古木の行動は違法である。

(7) 原告らは被告会社が原告古木の在籍専従を承認しなかつたことが不当労働行為及び人事権の濫用であると主張するが、原告ら独自の見解で本件事案については適切でない。けだし、長崎造船所においては組合員約八〇〇名につき一名の執行委員を選び別に組合員一一〇名につき一名の委員が選出されている。従つて、組合の意思決定にも団結権の強化、団体行動権の行使にも十分にして何ら欠くところはないと信ずる。もし右にして団結権の強化その他組合活動に不十分であれば、執行委員、委員の数を増加すれば可であつて、組合の組織と活動につき自主権を十二分に発揮している原告組合がかような説をなすことは不可思議である。臨時工の中から組合専従者を選ばなければ団結の強化、団体行動に欠くるところがあるというに至つては益々不可思議である。組合員一万名を超ゆる原告組合には敢て臨時工から専従者を選ばなければならない合理的な理由はないと信ずる。

(8) 原告は、また、「臨時工の在籍専従が認められないなら臨時工は組合運営に参加する権利を享受できない」と称するが、何故臨時工に対し労働協約の適用なきことを原告組合が確認したか、その理由は組合の最もよく理解するところで、臨時工の性格を全然無視した議論である。また、原告らは「組合の執行委員であつて在籍のまま組合専従ができないことになるとその執行委員は経営協議会に出席できないことになる」というているが、それは建前として当然のことであるが、それが会社のなす団結制限であると断ずるに至つては驚くべき独善論である。組合が何人を執行委員に選任するかは規約に基いて決定するところであるが、臨時工が在籍のまま組合専従者として就任できないことはその性格からも、協約によつても明らかであるのに、何故かかる規定と臨時工の性格を無視して臨時工を専従者とするのか。経協に出席できなくなることは予め判つていることである。

(9) 原告らは「協約に臨時工に在籍専従を認める明文がないことはこれを認めない趣旨でない」というているが、協約第九七条には明らかに「本協約は臨時従業員には適用しない」と規定していることは同第一八条の適用がないことを明らかにしたものである。臨時工が組合活動のため短時間離席する場合、離席届を出して席を離れることを許されていることに藉口して「組合専従も離席届出も本質的には違いはない」というに至つては、こぢつけも甚しい。しかも「協約に定める組合活動について臨時工にそのまま準用される労働慣行が無視されている」「常傭と臨時の形式的な差異を口実に区別することは不利益扱いだ」というに至つては原告自ら一個の仮定を創作してその上に理論を発展せしめるもので被告はこれを否認する。

(10) 原告らは「組合専従を承認している組合員の中には会社の事業遂行上原告古木よりも必要度の高い地位にある技師、事務技手の地位にある者がいる」「原告古木に在籍専従を承認したとしても会社の業務運営に支障をきたさない」と主張する。被告会社は協約において定めた事項は忠実に実行するものであり、業務運営上支障のない限り原告の主張する技師又は技手でも組合専従を認めるに吝かならざると同時に支障が少いからと謂つて不合理な主張に同調することはできない。多数の従業員の協力と力の結集によつて事業は運営されるのである。組合専従者には技師の如き必要度の高いものがいるからとてそれより必要度の少い原告古木に関して了解しがたい理由は既述したとおりである。原告らは、また、「原告古木は長崎造船分会における最も熱心な組合活動家の一人であり、臨時従業員出身の組合員が執行委員に就任することを嫌忌し、原告組合の運営に介入する意図の下に原告古木の在籍専従を承認しない方針をとつた」と主張するが、すべてを否認する。原告古木が執行委員として組合活動に従うことに異議を述べたことはない。

(二) 長崎造船所における臨時従業員制度

(1) 造船工業と臨時工

造船工業は注文生産である。他の製造業の如く製品を生産し販路を開拓して販売するというのではなく、注文者の来るのを待ちはじめて作業をなすものであり、しかも受注の船舶建造の請負代金は莫大の金額に達し、また、完成納期は極めて厳格で納期遅延による賠償額も他に比をみない金額であることは周知の如くであり、かかる注文は常時平均して発せらるるものでなく、産業の盛衰殊に海運界の消長、国際関係の動向等に左右され、甚だしきにおいては手持工事皆無に等しき場合さえあり得るのである。かかる事業を安定して経営するにはこれに適応する対策を考案しなければならない。すなわち、受注多き時は臨時従業員を傭入れ所定の工事を一定の期間に完了する如く臨機の処置を講じ、他面閑散時においても技術優秀な一定量の従業員を常傭することを要する。過去数年はいわゆる造船ブームの好況に幸いされ臨時工に対しても期間更新を重ね得たのであるが、今や中小造船業においては漸く不況時に入り常傭工の維持困難はもとより企業自体に動揺を生ずるものなきを保しがたいのである。大規模の造船企業にあつては今なお手持工事を有するけれども、不況対策として各企業はいずれも体質改善を着々と進め経営の安定を計画しつつあることは原告等の知るところであろう。原告らは本来の意味の臨時工の存在を認めている。このことが一定期間に大量工事を完了する臨時応急のための要員として有期的に雇傭されたものを指すのだとすれば、造船業の臨時工とは正に原告らのいう本来の臨時工であり、いうところの第二型のものではない。造船の臨時工は常傭工と同一内容の作業に従事し、必要によつては雇傭期間の延長更新を行うことは当然であつて、かかる事実の存するからとて常傭工と同一に扱うべきであるとの主張は造船臨時工の特殊性を忘却した議論である。

(2) 常傭工採用の規準

常傭工は定年に達するまで会社事業に従事してもらうことを理想としているものである。それ故に採用に当つては人物を厳重に選定するとともに採用試験を行い三年間技術の習得、作業訓練のため特殊学校に収容して将来有用な要員たらしむるための育成をするのである。臨時工はこれと異り一定の期間臨時業務に従事する目的の下に雇傭するものであるから、採用の規準はさまで厳重ではない。もつとも臨時工として応募する者の中には優秀な技術を身につけた者、事務に堪能な者のあることは事実であるが、採用目的が右のとおりであるから、労働条件その他に差異のあることは当然である。

(3) 臨時工は募集に応じ自由な意思に基き雇傭契約をしたものである。

臨時工採用に際しては労働条件を明示し、臨時工であることを認識せしめ、期間を更新する場合のあること、この場合は会社から通知することによつて更新すること等を了解せしめた上で雇傭するのであつて、不当に常傭工と差別したものではない。臨時工たることを希望して雇われているもので常傭工の待遇と異ることは当初から承知しているのであり、偶々事業の好況により雇傭期間が更新され作業に習熟してきたからといつて直ちに常傭工に切り替えることはできない。もつとも、被告会社においては常傭の補充として臨時工の一部を常傭工に切り替えることあることは原告らの知るところである。

(4) 臨時工と組合活動

臨時工の組合活動には何らの制限規制をした事実はなく、現に臨時工にして執行委員となり組合の中枢部にある者もあつて、原告のいう如く理論的に制約することとなる等は原告特有の一方的の意見で賛成できない。原告らは在籍専従を拒否することは不当労働行為だと称するが、長崎造船所において適用される労働協約にはその第九七条において、この協約は臨時従業員に適用しないと明定しているのであるから、原告古木にこの協約は適用されない。従つて同第一八条によつて被告は原告古木の在籍専従を認める義務はないのである。義務なきものが何故に承認を要求されるのか、原告らは承認拒否の合理性がないと称するが、専従拒否の合理性は既述したとおりである。

(5) 臨時工と常傭工との取扱上の差異

臨時工と常傭工とが就業規則を異にすることはその性格を異にする結果であり、待遇上の諸規定についても異るところが多い。これら一切の事情は全く臨時工の特殊性に由来するものであり、臨時工もその所以を熟知し、会社の説明を承認して雇傭されたものである。もし、臨時工の在籍人員推移表(乙第二九号証の二)を点検すれば、過去十年間における臨時工の増減変動の著しいことが判明するのである。これ臨時工の性格を端的に表明するものである。

(三) 臨時工の在籍専従について

臨時工と常傭工との性格的差異、その採用条件、採用後の身分関係ないし待遇上の差異は既述のとおりであるが、被告会社が臨時工に対し組合活動につきできるだけ自由を認めているのは、協約上の結果によるものではなく、会社が便宜的に認めたものであつて形式的には常傭工と異るところがないようであるが、性格的には根本的に差異があるのである。原告らは性格と現象の対比を怠り現象のみを把えて論議を進めているが、それは全く我田引水的なものである。

(1) 会社には多数の常傭工が就労しているが、造船業はいわゆる受注生産で需要者の注文により造船に着手する関係上工事の繁閑著しく、しかも造船または船舶修理の期間は極めて厳格に遵守すべきもので、工事の繁忙時には臨時に作業員を雇入れ、契約期間内に仕上げをなすの要あるとともに閑散時においては臨時作業員の期間切れと同時に雇傭は終了し、企業の合理化を進める必要がある。かかる雇傭形態は過去ならびに現段階において広く実施されていることは顕著な事実である。以上の次第であるから、使用者は臨時工には期間を定めて繁忙時に仕事の山崩しに当たらしめるを原則とするが、当会社はいわゆる造船ブームに際会多量の造船受注に成功し、臨時工の期間更新を重ねたのであるが、受注量の少い他の造船会社においては既に多数の臨時工が整理されていたのが実情である。

(2) 臨時工の性格は以上の如くであるが、原告組合では常傭工と臨時工とが合体して組合を組成しているので、自然両者間の性格上の相違から待遇等につき諸種の問題が生ずるのである。すなわち、原告組合と会社間には労働協約が締結されているが、この規定によるとその第九七条に協約適用除外者を定め本協約は臨時従業員には適用しないと明定し、臨時工を含む組合は協約条項上の権利中臨時工の組合員はこれを主張し行使しないことを自認しているのである。組合はこの規定の改定を試み昭和三四年には労使間に協約改定のための小委員会を設置して審議検討したが、遂に組合側は「常傭との違いからくる制約を考えるとき現状やむなしの態度をとり」、会社の考え方を入れて十二ケ条について適用しないことを了承した。その十二ケ条とは第十八条、第十九条の組合専従者の規定はもちろんのこと第二〇条の外部労働団体役員の就任に関する規定、第二一条、第二五条の休職取扱に関する規定などである。しかし、その後において組合は臨時工への協約適用の提案自体を全面的に撤回した。

(3) 被告は原告古木を昭和三三年三月臨時工として雇傭したが、昭和三四年九月原告古木が初めて組合専従者に就任することにつき会社の了解を求めてきたところ、会社は在籍専従は承認し難いとした。これに対し組合は就任を強行し原告古木は会社の承諾なくして職場を離脱し、専従者として常時組合事務所にあり、会社は組合と文書並びに団体交渉により幾度か打開のため折衝を重ねたが、遂に意見の一致をみることができず、会社は原告古木に対し就業命令を発し、原告古木はこれを拒否し、雇傭期間の更新なく、期間満了と共に雇傭は終了したのである。しかるに原告古木は組合員の選挙によつて当選し組合専従者に任じられたからこれを辞退することができないとし、会社の就業命令に反し就労を拒否し、組合事務所に常駐したのである。従業員は平常時(争議行為中の行動は別として)においては就業規則の定めるところにより、使用者の指揮命令によつて会社の業務に従事すべきことは雇傭契約において確認されているところである。しかも本件労使間においては労働協約が締結されており、従業員の組合活動はこれに準拠してなすべきである。すなわち、従業員は就労時間中の組合活動は原則として禁止せられ、必要やむなきときは使用者の了解を得て離席することができるのであつて、たとい組合の業務執行といえども会社の了解なく自儘に職務を放棄することは許されないのである(常傭工は協約第一三条により臨時工は会社の特別許可による)。

(4) 労働協約によれば、組合業務に専従させるため会社の了解を得て組合員中より組合業務専従者を置くことができる、と規定する。但しこの規定は臨時工には適用がない(協約第九七条、第一八条)。この意味はまさに読んで字の如く専従者決定には会社の了解、すなわち、承諾を要するのである。それ故原告組合は昭和三四年九月二一日付で新執行委員常駐について原告古木を含め一五名の専従者たることの了解を求めてきたが、会社は同月二二日臨時工たる原告古木については雇傭の性格ならびに臨時工には協約第一八条の適用なきが故に了解しがたいとして保留する旨を回答し、前述の如き経過をたどつたが遂に意見の一致をみず、原告古木については臨時雇傭期間の終了によつて雇傭関係が終つたのである。

(四) 臨時工と労働協約

(1) 会社と組合間に締結した労働協約第九七条には本協約は臨時従業員には適用しないと規定したが、組合はこの改定につき会社と交渉し、種々検討の結果、組合の改訂案を撤回し会社は右の交渉で会社が提案し、または、回答した内容について一切白紙に戻し何ら拘束を受けないことを確認した上右組合の提案撤回を了承し、昭和三四年五月三一日労使間で確認書を作成している。されば本件原被告間において労働協約が全面的に臨時工に適用ないことは極めて明白である。しかるに原告らは「右労働協約が臨時従業員には適用しないことを協定しているけれども、原告は右協定の存することによつて臨時従業員の在籍専従が認められないことになつているとは解釈しない」と釈明しているが、その真意を知るに苦しむ。原告組合は組合員たる臨時工は在籍専従者になりません(協約第九七条)と確約したことは自己の組合員中臨時工に対し在籍専従を除外し、常傭工のみに在籍専従を認めるを以て十分としたものである。しかるに原告らは臨時工に協約適用なきことを認めながら「この規定があつても臨時工の在籍専従が認められないことになつているとは解釈しない」というのであつて、かかる解釈は文理を離れた自儘の独断で解釈ということはできない。原告の創造であり創作である。

(2) 原告組合が自ら当組合員たる臨時工には在籍専従は認められなくとも異議ないと承認しながら、この確約を棚に上げ、臨時工を在籍専従として認められないことになつていない、これを認めようということは、自家撞着であり、いわゆる禁反言的主張である。協約によれば、常傭工中会社の了解を得て在籍専従とすることを認め、ただ個々の常傭工につき会社が業務上差支えある場合は了解しがたきことあるを留保したことが認められる。されば組合はこの規定に基き在籍専従者につき会社の了解を求むべきである。ところが昭和三四年九月二一日付の新執行委員常駐についての申入は協約に反し臨時工古木を含めて一五名の常駐を了解するよう申出てきたので、会社が原告古木につき了解できないと回答したことは正当である。

(3) 臨時工はすべて雇傭期間を定めている。原告古木については三ケ月である。組合の常駐者は期間が一年である。だとすれば専従者として勤務しても三ケ月目には雇傭期間が満了することになる。仕事の山を崩すことを主たる目的として雇入れた臨時工に対し、仕事を止めて一ケ年間組合業務に専従させることは条理に反することであり、また、就労もしない者に期間更新を数度繰り返して雇傭を継続するが如きは企業者として到底考え及ばざるところである。しかも原告古木の場合は協約に反する理不尽の要請であつて、組合は協約に定める条項を無視したものであり、原告古木は就労を拒否している。百歩を譲り原告が協約の適用はないが、原告古木を在籍専従者として了解されたいとの希望であるとするならば、協約改定の申出をなし、団体交渉又は小委員会を設置して労使間の協定に力を尽すべきが筋合である。しかるにことここに出でずして一片の文書を以て理由を附せず、あたかも協約に定めた事項の履行を求めるが如く申入をなしたことは誤りである。従つて、右申入を承諾するまでは原告古木は就業規則に基き誠実に勤務する義務あることは多言を要しない。原告古木の就労拒否は規則違反であり、業務命令違反を重ねるなど情状は酌量の余地なく職場放棄と認定することは正当である。

(4) 原告らは臨時工たる原告古木の在籍専従を認めないことは不当労働行為であり、組合員平等の原則はこれによつて破壊される、あるいは、経営協議会に出席するには在籍の執行委員でなければならないが、原告古木の在籍専従を認めないと経営協議会に出席できない等々の主張をなして被告の措置を非難しているが、これはすべて組合が常傭工と臨時工とを併合して組合を結成した当然の結果である。かかる結果は初めから判明していることで自ら左様な組織を作りながら一切の責任を会社にありと論難するが如きは不当である。また、原告らは会社と組合との労働協約における組合活動条項が臨時工にそのまま準用されている労働慣行が無視されていると説くが、これは誤りである。臨時工の時間内組合活動の範囲は便宜上許容されたもので協約に基くものではない。さらに原告らは臨時工を組合業務に専従させることは雇傭目的に反せずといい、会社がこれを認めないのは別に他意がひそんでいると推測するに十分であるとし、原告組合の運営に介入する意図とみるほかないと断じているのであるが、被告従来の主張により理由なきこと明らかである。

(証拠関係省略)

理由

第一、原告全日本造船労働組合三菱造船所支部の訴の適否について

原告組合の本件訴は、原告組合の組合員たる原告古木泰男が使用者たる被告会社に対し「昭和三三年三月三日原告古木と被告間に締結されその後三ケ月毎に更新されてきた従業員としての雇傭契約上の権利」を有することの確認を求めるものであるが、労働組合は、組合員である労働者が使用者に対して有する労働契約上の権利について、その所属組合員のため自己の名を以て訴訟を追行する(いわゆる訴訟信託による)権能を有するものでなく、また、特段の事由のないかぎり、かかる訴訟を追行すべき直接かつ具体的な利益(いわゆる確認の利益)を有しないものと解すべきところ、原告組合にかかる訴訟を追行すべき直接かつ具体的な利益のあることを認むべき特段の事由について何らの主張もない本件においては、原告組合は本件訴について当事者適格がなく、従つて本件訴を不適法として却下すべきである。原告組合は「労働組合はその組合員に対する不当な解雇については労働組合の本質的な性格上当然に右解雇の瑕疵を争う権限を有するものであり、しからずとしても、労働組合は労働組合法第七条第三号にいう使用者の労働組合に対する支配介入の方途として組合員を解雇する場合は右解雇の無効確認を訴求できる」と主張するのであるが、労働組合の目的、性格等からみても、労働組合にその所属組合員と使用者との間の権利関係について自己固有の権利として訴訟を追行する機能を認めることはできないし、労働組合は、その所属組合員に対する不利益取扱が同時に労働組合に圧迫を加えその自主性を侵害する意図のもとになされた場合、それを労働組合法第七条第三号の不当労働行為として、使用者と交渉し、争議の目的となし、あるいは労働委員会に行政的な救済を求めることができるけれども、そのことより当然に個々の組合員の個別的労働契約上の権利義務関係について管理処分権を有しない労働組合が、その名によつて各組合員の労働契約上の権利について訴訟を追行しうる権能を有するものとは解せられず、また、かかる訴訟を追行しうべき直接かつ具体的な確認の利益があるものとは解せられないから、原告組合の右主張は採用できない。

第二、原告古木泰男の請求について

一、請求原因(一)(二)(三)の各事実は当事者間に争がない。従つて、原告古木は昭和三三年三月三日雇傭期間を三ケ月とする臨時従業員として被告会社長崎造船所に雇傭され、同造船所船殻工作部熔接課に電気熔接工として稼働して以来、三ケ月毎に雇傭期間を更新されてきたところ、被告会社が昭和三四年一一月二八日原告古木に対し「会社としては現契約期間の満了日である昭和三四年一一月三〇日をもつて貴殿との労働契約を終了のこととし、同契約の更新は行わないこととした」と通告し、昭和三四年一二月一日以降被告会社において原告古木の右雇傭関係が終了したものとして取扱つていることが明らかである。

二、そこで本件雇傭契約が終了したか否かを判断する前提として右雇傭契約の性質について考察する。

(一)  各成立に争のない甲第一号証ないし第四号証、甲第六号証の一ないし七、甲第九号証、甲第一九号証、乙第二四号証、乙第二五号証、乙第二七号証、乙第二八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第四八号証、乙第三一号証の一、二、乙第三二号証の一、二、証人河村祥の証言により真正に成立したと認める乙第二九号証の二ないし五、証人小宮武喜(第一、二回)、同伊藤鋼一、同今井俊介、同神谷庄一、同松尾薫明、同前田義人、同西山富三郎、同久松初二、同西原辰市、同植田亘一、同鍵山幸弘、同川宿田薩雄、同河村祥、同中村豊の各証言及び原告組合代表者伊藤勇助、被告代表者佐藤尚各本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(1) わが国の造船業界は個別受注生産によるものであり、個別発注者たる海運業界が世界経済の変動を大きくうけるところから、元来その景気変動の波は安定しない性質を有するものであるが、戦前は国内受注生産による不安定性を海軍の軍需生産によつて補い、企業の安定を維持していたが、戦後海軍の軍需生産がなくなり、外国海運業界からの発注によつてその受注量を増大し、企業の安定を回復しようとしたけれども、戦後四、五年間はわが国造船業界に世界的信用がなくそのため生産は低迷を続けたが、朝鮮動乱を契機として昭和二六年頃よりかなりの外国発注があり、わが国造船業界もようやく景気の山を迎えた。しかし、それは一時的のものであつて朝鮮動乱の終結とともに昭和二九年頃には深刻な不況に突入し、ついでスエズ動乱を契機として昭和三一、二年頃には外国発注が増大し、殊に大型タンカーの需要が増大していわゆる造船ブームを惹起したけれども、昭和三三、四年頃よりようやく景気は下降を示した。

(2) 被告会社長崎造船所も前記のようなわが国造船業界の景気の変動に照応して生産時間の推移を示したが、被告会社長崎造船所は工員雇入れの方式として雇傭期間の定めなき常傭従業員制度を採用し、昭和二五年頃から昭和三四年頃までの間右のような景気変動に照応する生産時間の推移にもかかわらず約一〇、〇〇〇名の常傭従業員を恒常的に保有していたが、前記のようなわが国造船業界の景気の変動に備え、雇用量を自由に調整する必要から、主として船殻工作部、艤装工作部、造機工作部等の基幹的生産部門に雇傭期間を三ケ月とする臨時従業員制度を採用し、その昭和二五年一月から昭和三四年一二月までの在籍人員推移は、前記生産時間の推移に照応して、昭和二五年一月五二三名であつたものが朝鮮動乱による景気上昇期である昭和二六年六月には一、九一四名に増加し、その後下降をたどつて昭和二八年一月一、四九二名、昭和二九年一月一、一〇一名となり、昭和三〇年一月にはわずか一七〇名と減少したが、スエズ動乱による景気上昇に伴い同年七月頃より急上昇を示し、昭和三一年一月一、七七七名、昭和三二年一月二、六四八名、同年九月二、九六二名と増加し、その後昭和三三年一月二、八〇三名、昭和三四年一月二、七七六名、同年一二月二、六一七名とやや漸減の趨勢を示している。

(3) 右長崎造船所においては、前記常傭従業員には労働協約、従業員就業規則が適用され、臨時従業員には労働協約の適用がなく、右常傭従業員に適用される就業規則とは別個に臨時従業員就業規則が適用され、右臨時従業員就業規則(昭和二七年一一月一日執行、乙第二五号証)第五条には、業務上必要あるときは契約期間を更新し引続き使用することがある旨の規定が存するが、右長崎造船所は臨時従業員を採用するに当り「甲(被告会社長崎造船所)が臨時従業員規則第五条に基き右雇傭期間を超えて引続き乙(臨時従業員)を使用する場合において乙が異議を述べない場合には甲からの契約期間更新の通知によつて契約期間が更新されたものと看做し新に甲乙間に契約の締結は行わないものとする」と記載した労働契約書(乙第二七号証)を臨時従業員より交付せしめ、雇傭期間更新に際しては「貴殿の臨時工としての雇傭期間は下記のとおり更新致しますから御通知致します云々」と記載した雇傭期間更新通知書(乙第二八号証)を交付していた。

(4) 長崎造船所においては、昭和二六年八月二一日二五八名、同年九月一日四二名、昭和二八年三月二一日一二八名、昭和三一年一月一日一二九名、昭和三二年一〇月一日二九八名の臨時従業員が常傭従業員に切替えられ、昭和三四年頃より陸上機械生産部門の拡充に伴い企業の安定性が許容する限り雇傭関係の常態化を計り昭和三四年度において約五〇〇名、昭和三五年度に約一、〇〇〇名の臨時従業員を常傭従業員に切替えたが、昭和二九年前後における景気下降に伴う臨時従業員在籍人員の急激な減少はほとんど雇傭期間満了による雇傭打切りと臨時従業員採用の抑制によるものであり、昭和三三年以降の臨時従業員在籍人員の漸減は主として採用の抑制によるものであつて、右臨時従業員は昭和三四年一〇月三一日現在長崎造船所において常傭従業員一〇、一〇〇名に対し二、七二二名であり、そのうち約九〇パーセントが二年以上四年未満の間三ケ月の雇傭期間の更新を重ねたものであり、五年以上一〇年の間更新を重ねたものは約五〇名であつた。そして右臨時従業員は主として船殻工作部、艤装工作部、造機工作部等の基幹的生産部門に常傭従業員とともに共同して従事し、その作業内容は雑役的補助的作業ではなく、いわゆる基幹的作業であつて、常傭従業員と格別異ることなく、昭和三四年一一月一八日現在でも、船殻工作部、艤装工作部、造機工作部等の生産計画が昭和三七年度まで組まれ、その生産計画において常傭従業員、臨時従業員が一体として取扱われていた。従つて、昭和三一年頃より以降に在籍していた臨時従業員は三ケ月の雇傭期間満了後も雇傭関係が継続すべきことを期待し、常傭従業員に切替えられることを念願としていたが、右臨時従業員は常傭従業員に適用されるべき労働協約、就業規則の適用がなく、臨時従業員就業規則の適用をうけるところから、休職、停年、資格変更、昇格、傷病の在籍容赦期間、貸付金、社宅等の制度がなく、有給休暇の与え方、昇給の方法、退職金の内容が常傭従業員と異り、就業時間中の組合活動のための離席手続も恩恵として認められるにすぎなかつた。また、採用条件については原則として、臨時従業員は簡単な面接、実技試験を実施するものであるが、常傭従業員は毎年四月新制中学卒業者を対象に学科、面接の試験、身体検査、身元調査を実施するものであり、臨時従業員は採用後直ちに実務に従事するが、常傭従業員は三年間養成工として技術学校で養成した後各職場に配属するものであつて、その間に差異が認められるけれども給与体系は熟練度によるものであつて、臨時従業員の労働条件が常傭従業員のそれに比較して格別劣悪であつたということはなかつた。前掲各証拠中右認定に反する部分はいずれも信用しない。

(二)  各成立に争のない甲第一八号証、乙第一号証ないし第一九号証、乙第二〇号証の一ないし六、乙第三〇号証の一ないし三、証人河村祥の証言により真正に成立したと認める乙第二九号証の一、証人伊藤鋼一、同神谷庄一、同小宮武喜(第二回)、同河村祥、同中村豊の各証言及び原告古木泰男本人尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(1) 原告古木は昭和三二年九月より昭和三三年三月まで長崎県立職業補導訓練所で電気熔接工としての技術の訓練をうけ、同年三月三日被告会社長崎造船所に雇傭期間を三ケ月とする前記臨時従業員として採用され、以来同造船所船殻工作部熔接課に電気熔接工として勤務し、三ケ月毎に雇傭期間更新通知書の交付をうけて雇傭期間の更新を重ねてきたが、そのため三ケ月の雇傭期間満了後も雇傭関係が継続すべきことを期待し、常傭従業員に切替えられることを念願としていた。

(2) 原告古木は昭和三三年九月頃より職場委員、原告組合長崎造船所分会の選挙管理委員、労働組合新聞の編纂委員などに歴任し組合活動に従事していたが、昭和三四年九月一八日施行された原告組合長崎造船所分会の執行委員選挙(定員一五名)に立候補し、唯一の臨時従業員出身の執行委員として当選し、昭和三四年九月二一日原告組合長崎造船所分会が被告会社に対し在籍専従の通告をして以来教宣部長担当の執行委員として組合業務に専従している。

(3) 原告組合長崎造船所分会は昭和三四年九月二一日付を以て被告会社に対し、同年九月一八日施行された分会役員選挙の結果に基き臨時従業員たる原告古木についても分会執行委員として同月二五日より一年間組合業務に専従するので了解されたい旨申入れたのであるが、被告会社は同月二三日付及び同月二五日付を以て原告組合本部に対し、組合員が組合役員に選任すること自体は常傭従業員、臨時従業員を問わず組合の自由であつて被告会社の関与するところでないが、臨時従業員は特定工事消化のため一定期間を限つて雇傭するものであり雇傭期間中はその特定工事に専心従事してもらうことを本旨としていること、臨時従業員は雇傭の性格上休職の制度がなく現所属に保籍のまま休職扱とすることができないことにより、原告古木を休職扱とする組合専従は了解しがたいと通告し、これに対し原告組合本部は同年九月二五日付及び同月二八日付を以て被告会社に対し被告会社が在籍専従について常傭従業員と臨時従業員とを差別するのは組合活動に対する不当な干渉であると通告し、被告会社及び原告組合本部間において同年一〇月一六日、同月二〇日、同月二二日の三日間にわたり交渉が行われたのであるが、双方自己の主張を固執して物別れとなつた。そこで被告会社は同年一一月一七日付を以て原告組合本部に対し、原告古木に対する組合業務専従はどうしても承認しがたい旨申入れ、同日付を以て原告古木に対し、被告会社としては組合業務専従は認められないので速かに職場に復帰して就労されたい旨職場復帰命令を発した。ところが原告組合より被告会社に対し同月一八日団体交渉の申入れがあつたので、原告組合本部と被告会社本社、原告組合長崎造船所分会と被告会社長崎造船所間においてそれぞれ同月二〇日、原告組合長崎造船所分会と被告会社長崎造船所間において同月二六日、原告組合本部と被告会社本社間において同月二七日それぞれ団体交渉が行われたが、原告組合より妥協案の提示もなく、双方自己の主張を固執するのみであつた。その間原告古木は組合業務に専従し、原告組合長崎造船所分会の決定に基き行動すべき立場にあるとして、被告会社の前記職場復帰命令を拒否して就労しないので、被告会社は同月二八日付を以て原告組合に対し、原告古木との労働契約は現契約期間の満了を以て終了とし、労働契約を更新する意思のないことを通知し、同日付を以て原告古木に対し、「会社は去る一一月一七日付貴殿宛文書をもつて貴殿が会社の業務を全く離れ組合業務に専従することは会社としては承認することができない旨を明確にし、速かに職場に復帰するよう命じましたが、それにも拘らず貴殿はその後も引続き職場を離脱したまま今日に及んでおります。よつて会社としては現契約期間の満了日である昭和三四年一一月三〇日をもつて貴殿との労働契約を終了のこととし、同契約の更新は行わないことにした」と通知した。

原告古木泰男本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない。

三、前段認定の事実関係によると被告会社長崎造船所における原告古木を含む臨時従業員はその作業内容の面からみると雑役的補助的作業に従事する臨時工ではなく基幹的作業に従事する臨時工であり、その雇用理由の面からみると特定の期間臨時的な作業のために雇入れた臨時工ではなく、造船業界の景気変動の波が安定していないため、一定限度を超えては雇用関係を常態化し固定的にすることができないので、景気の変動に備え雇傭量を調整することを主たる目的とした臨時工であることが明らかである。そして、被告会社長崎造船所における景気の最盛期である昭和三〇年七月以降昭和三四年一二月までの常傭従業員と臨時従業員の雇傭量ならびに生産時間の推移を把えてみるとほぼ恒常的であり、あるていど常態化していることが認められるけれども、昭和二五年一月以降昭和三四年一二月までの臨時従業員の雇傭量ならびに生産時間の推移を巨視するときはその間に激しい造船業界における景気の変動に影響されていたことが明らかであるから、被告会社において約一〇、〇〇〇名の常傭従業員を恒常的に保有しつつ、常傭従業員の雇傭量を超える部分については、景気の変動に備えて労働契約を臨時的なものとし雇傭期間を設けなければならなかつた合理的な理由が認められるのである。原告は「わが国造船業界における景気の変動は資本主義経済機構のもとにおける必然的な現象で特異な性格のものではない」として被告会社長崎造船所における臨時従業員制度の合理性を否定するのであるが、わが国造船業界の景気の変動が資本主義経済のもとにおける現象であることは当然であるが、わが国の造船業界が個別受注生産によるもので、個別発注者たる海運業界が世界経済の変動を大きくうけるところから、元来その景気の変動の波に安定性がない性格を有することについては既に述べたとおりである。ところで原告は、昭和三〇年七月以降の臨時従業員の雇傭量、生産時間の推移を把えて臨時従業員は恒常的な基幹要員であるとし、昭和三四年一〇月三一日現在における二、七二二名の臨時従業員のうち約九〇パーセントの者が二年以上四年未満の間三ケ月の雇傭期間を更新してきたこと、昭和三四年一一月一八日現在でも臨時従業員を含めて昭和三七年までの生産計画が組まれていること等の事実を指摘して、雇傭期間の更新は形式的であるとなし、「原告古木泰男と被告会社との間には雇傭契約の当初から契約期間の定めのない労働契約関係が存在していた」「原告古木と被告会社との間の雇傭契約は実質的には期間の定めのない雇傭契約と同視さるべきである」しからずとしても「原告古木と被告会社との間には当然更新される旨の暗黙の合意が成立していた」と主張するのであるが、期間の定めある労働契約が反覆更新されるからといつて、当然に、雇傭期間の更新が形式的であると断ぜられないし、証人植田亘一の証言と原告古木泰男本人の供述によれば、被告会社長崎造船所においては、臨時従業員に対する雇傭期間更新通知書は勤労課長より職場の組長を経て臨時従業員に手交する定めとなつているところ、右雇傭期間更新通知書はまれに組長の手許において紛失したり、臨時従業員に手交するのが二、三日遅れるようなことがあつた事実が認められるけれども、このような事実から雇傭期間の更新が形式的であつたとはいえない。また、昭和三〇年七月以降昭和三四年一二月までの臨時従業員の雇傭量がほぼ恒常的であり、その期間における雇傭期間の更新があるていど常態化していたことも事実であるが、被告会社長崎造船所における景気の最盛期である一定時期の雇傭期間更新の常態化を把えて、直ちに被告会社長崎造船所の臨時従業員が恒常的な基幹要員であるとなし、その雇傭期間の更新が形式的であつたということもできない。そして、昭和三四年一〇月三一日現在における二、七二二名の臨時従業員のうち約九〇パーセントの者が二年以上四年未満の間雇傭期間の更新を重ね、約五〇名の者が五年以上一〇年の間更新を重ねたこと、原告古木が昭和三三年三月三日臨時従業員として被告会社長崎造船所に採用されて以来三ケ月の雇傭期間の更新を重ねてきたことは既に明らかにしたところであるが、期間の定めある労働契約が反覆更新されることにより期間の定めなき労働契約に転換する法的根拠は見出しがたいところであり、臨時工の有期労働契約の脱法性を指摘して期間の定めのない労働契約になるとする見解が採用できるとしても、被告会社長崎造船所における臨時従業員制度が形式上短期間を定めた労働契約を締結し、期間の更新を反覆することによつて労働者保護法規の適用を免かれようとする意図に出たものでないことは既に認定したところによつて明らかである。

また、原告古木と被告会社との雇傭契約が更新を重ねたことにより、原告古木と被告会社との間に当然雇傭契約を更新する旨の暗黙の合意が成立したものとも断定することができない。その他本件全証拠によつても、原告古木と被告会社間に成立した雇傭期間を三ケ月とする本件労働契約とは別個に期間の定めのない労働契約が成立し、ないしは原告古木と被告会社間に当然雇傭契約を更新する旨の暗黙の合意が成立したことを肯認できる証拠資料はない。

四、しかしながら、期間の定めのある労働契約は当事者が契約の更新をしないかぎり期間の満了によつて当然に終了するものであり、期間満了による労働契約の終了と解雇とは別個の法概念であつて、使用者の意思の介入する余地がなく従つて不当労働行為も成立する余地がないわけであるが、期間の定めのある労働契約においても、雇傭期間が反覆更新され期間満了後も使用者が雇傭を継続すべきものと期待することに作業内容並びに過去の実績からみて合理性が認められる場合には、使用者が更新を拒絶することは実質上解雇と同視すべきであり、このような場合には解雇に関する諸法則を類推適用するのが相当である。従つてこのような場合には使用者の更新拒絶が信義則上許されないものと評価されるときはその更新拒絶は無効であり、また、組合活動の故を以てなされた不当労働行為と評価されたときはその更新拒絶は無効と取扱うべきが相当である。これを本件についてみると、既に認定したように、本件臨時従業員は、常傭従業員とともに共同して被告会社長崎造船所の基幹的作業に従事し、昭和三〇年七月以降昭和三四年一一月までの期間その雇傭期間の更新がほぼ常態化し、昭和三四年一〇月三一日現在被告会社長崎造船所に在籍していた二、七二二名の臨時従業員のうち約九〇パーセントが二年以上四年未満の間雇傭期間の更新を重ね、五年以上一〇年の間更新を重ねたものが約五〇名をかぞえたのであり、過去において昭和二六年八月二一日二五八名、同年九月一日四二名、昭和二八年三月二一日一二八名、昭和三一年一月一日一二九名、昭和三二年一〇月一日二九八名の臨時従業員が常傭従業員に切替えられ、昭和三四年度においても約五〇〇名、昭和三五年度には約一、〇〇〇名の臨時従業員が常傭従業員に切替えられたのであるから、昭和三一年頃より以降に在籍していた臨時従業員が三ケ月の雇傭期間満了後も被告会社において雇傭関係を継続すべきものと期待することには合理性が存するものというべく、もとより昭和三三年三月三日被告会社長崎造船所に臨時従業員として採用されて以来三ケ月毎に雇傭期間の更新を重ねてきた原告古木が右のように雇傭期間満了後も雇傭を継続すべきものと期待することに合理性が認められるから、被告会社が昭和三四年一一月三〇日の期間満了とともに原告古木との雇傭関係の終了を主張し更新を拒絶したことは実質上の解雇と同視すべきであつて、解雇に関する諸法則を類推適用すべきものと解する。従つて、原告古木と被告会社との本件雇傭契約が本来的な有期労働契約であるとして、昭和三四年一一月三〇日の期間満了のときを以て当然かつ完全に終了したものとは到底認めがたいので、これを前提とする被告会社の主張は理由がない。しかし、原告は、原告古木の本件雇傭契約を終了させるためには被告会社から「解雇通告」による意思表示がなされる必要があるところ、被告会社が昭和三四年一一月二八日附を以てなした「会社としては現契約期間の満了日である昭和三四年一一月三〇日をもつて貴殿との労働契約を終了のこととし、同契約の更新は行わないこととした」旨の通告は会社内部で検討した結果「契約の更新は行わない」という会社内部の意思決定がなされたので、念のため、原告古木に通知するというだけのものであつて、原告古木に対することさらの意思表示が含まれていないと主張するのであるが、原告古木の本件雇傭契約の終了を主張し雇傭期間の更新を拒絶することが実質上の解雇と同視すべきことから、形式上も原告古木の本件雇傭契約の終了のために原告主張のような「解雇通告」による意思表示がなされる必要があるものとは解せられず、被告会社が原告古木に対してなした昭和三四年一一月二八日附の右通告は原告の主張する「解雇通告」に相当するもので、原告主張のように原告古木に対することさらの意思表示が含まれていないとは到底解せられない。そこで、原告古木の本件雇傭契約につき被告会社がなした前記更新拒絶の決定が原告主張のように信義則上許されないものであるかどうか、また、組合活動の故を以てなされた不当労働行為であるかどうか、以下検討をすることとする。

五、原告古木が昭和三四年九月一八日原告組合長崎造船分会の執行委員に選任されたので、原告組合長崎造船分会が同月二一日附を以て原告古木についても在籍のまま組合業務に専従することについて了解されたい旨申入れたところ、被告会社は右申入れを拒否し、数次にわたり交渉を重ねたが双方自説を固持して物別れとなり、被告会社が同年一一月一七日附を以て原告古木に対し職場復帰命令を発したけれども、原告古木が組合業務に専従し右復帰命令拒否をしないので、被告会社が同月二八日附の通告を以て原告古木に対し、原告古木の本件雇傭契約はその期間満了日である昭和三四年一一月三〇日を以て終了のこととし、その更新を拒絶した事実経過は前記二、(二)の(2)(3)において既に認定したとおりである。そこで原告古木の本件雇傭契約について被告会社がなした前記更新拒絶の決定が原告主張のように信義則上許されないものであるかどうか、また、組合活動の故を以てなされた不当労働行為であるかどうかを判断する前提として、被告会社が臨時従業員たる原告古木の在籍専従を拒否したことが正当であるかどうかを考察する。

(一)  労働者は、それが常傭従業員であれ臨時従業員であれ、使用者との労働契約を通じて従業員たる身分を取得し、使用者に対し従属的労働関係に立つものであつて、職場の秩序たる労働協約ないし就業規則の定めるところに従い、かつ、使用者の命に服して一定の労働を提供する義務を負うものであり、組合活動と雖も右の労働関係を絶対的に否定することは許されないものというべきであるから、従業員としての身分を保持しながらこれに必然的に伴う労働提供の義務から開放されるいわゆる組合専従役員制度があたかも組合活動に本来的なものとして、法が予定し保護を加えているものとなす見解は到底うけ入れ難いところであつて、右の組合専従役員としての地位は使用者の承認をまつて始めて成立しうべきものと解すべきである。原告は「わが国においては在籍専従制度は憲法第二八条の団結権の具体的内容をなし、かつ、団結権保証と不可分のものとなつている」となし、使用者は労働法上の原理として組合専従役員としての地位を承認し、ないしは受忍すべき義務があると主張する。在籍専従制度は企業別組合である原告組合にとり組合運営ないし団結権確保のため必要の度が極めて顕著であることは推認するに難くないが、在籍専従者の処遇やその職種については被告会社としても重大な利害関係を有するから、これらの点については総括的な労働協約なり、個別的な交渉・協定をまつて決定さるべきことがらであつて、使用者が一般的且つ無制約に在籍組合専従役員の地位を承認し、ないしは受忍すべき義務があるとする見解は当裁判所の採らざるところであつて、右見解を前提とする原告の各主張は到底採用できない。従つて、使用者の承認なくして組合が一方的にかかる地位を定め、かつ特定の労働者をかかる地位においた場合、それは従業員としての身分を保持しながらこれに伴う労働提供の義務を履行しないものであるから、使用者がこの者を解雇し、その他これに不利益な取扱いをしたとしても、当然には不当労働行為に該当するものではない。もつとも、使用者が労働協約によりあるいは労働慣行として従来常傭従業員、臨時従業員の区別なく一般的且つ無制約に組合専従役員としての地位を承認しながら、特定の労働者殊に臨時従業員に対し承認を拒否し、ひいてはかかる労働者を解雇しその他不利益な取扱いをすることは、事業運営上の必要その他正当な事由がないかぎり、不当労働行為の責を免れないものと解すべきことはいうまでもない。

(二)  そこで被告会社長崎造船所において臨時従業員の在籍専従について労働協約上いかなる取扱いがなされているかを検討するに、証人松尾薫明、同川宿田薩雄の各証言によれば、原告組合三菱造船所支部は長崎造船分会、下関造船分会、広島造船分会、広島造船職員分会、広島精機分会、本社分会の七分会からなつており、長崎造船分会は昭和二五年六月臨時従業員を常傭従業員の労働組合であつた原告組合に加入せしめ、他の分会も昭和三二年から昭和三三年までの間臨時従業員を原告組合に加入せしめたことが認められるところ、右のように常傭従業員と臨時従業員とを組合員として組織された原告組合三菱造船支部が昭和三四年五月三一日被告会社との間に有効期間を一年間として労働協約(甲第一九号証、乙第二三号証)を締結したのであるが、右労働協約第一八条には「組合は組合業務に専従させるため会社の了解をえて組合員中より組合業務専従者を置くことができる」、同第一九条には「組合業務専従者は休職とする」旨定められているけれども、臨時従業員就業規則(乙第二五号証)には臨時従業員の休職の制度がなく、右労働協約第九七条には「本協約は臨時従業員には適用しない」と定められているところよりすると、右労働協約は、組合員中臨時従業員については常傭従業員と必ずしも協約上同一の取扱をなしえないものとして、臨時従業員については組合業務専従者設置に関する右労働協約第一八条、第一九条の各規定の適用をむしろ排除したものであることが認められる。このことは各成立に争のない甲第一三号証、甲第一九号証(乙第二三号証)、乙第二一号証の一ないし三、乙第二三号証、乙第二四号証、証人河村祥の証言により真正に成立したと認める乙第二二号証、証人伊藤鋼一、同神谷庄一、同松尾薫明、同川宿田薩雄、同河村祥の各証言によつて認められる次の事実、すなわち、原告組合三菱造船支部は昭和二七年四月初めて被告会社と統一労働協約を締結したのであるが、当時長崎造船分会では既に臨時従業員を原告組合に加入せしめていたけれども、臨時従業員と常傭従業員とはその雇傭の性格が異るものとして、昭和三四年五月三一日締結された前記労働協約と同様組合業務専従者の設定に関する規定を含む全協約を臨時従業員に適用しない旨定められ、その後一年間の有効期間の経過毎にほぼ同様な労働協約が締結されてきたところ、昭和三二年度の労働協約改訂に当り原告組合より附議された臨時従業員の協約適用の問題を検討したけれども、結局昭和三三年度の労働協約も昭和三四年五月三一日締結された前記労働協約と同様全協約を臨時従業員に適用しない旨定められたこと、昭和三四年度の労働協約改訂の交渉のため昭和三三年一〇月六日実施せられた中央経営協議会において、原告組合は(一)第三条非組合員の範囲(二)第一四条組合掲示板に対する制限廃止、(三)第二一条県会議員の給与取扱い(四)第二五条県会議員の休職に関する取扱い(五)第二七条療養保籍期間の延長(六)第四二条年次有給休暇手当(七)第六五条公傷者見舞金(八)第九七条臨時従業員に対する現行協約適用の件、以上の八項目を附議事項として提案したので、右附議事項について小委員会を設けて審議することとし、昭和三三年一〇月一七日より昭和三四年四月二九日まで四回にわたつて小委員会が開催せられた結果、前記(二)(三)(六)(七)の附議事項について意見の一致をみ、前記(八)の第九七条臨時従業員に対する現行協約適用に関する附議事項については、原告組合は臨時従業員に対する協約適用除外項目として(1)第一八条の組合専従者(2)第二三条の資格変更及び昇格(3)第二六条五五才定年制(4)第三一条永年勤続表彰(5)第四二条年次有給休暇(6)第五四条昇給の六点をあげ、被告会社は協約適用除外項目として右六点のほか(7)第一九条の組合専従者の休職(8)第二〇条外部労働団体役員就任(9)第二一条公職就任者の取扱(10)第二五条休職取扱(11)第四九条賃金の種類(12)第七三条福利更生施設(13)第二八条事業上の都合による大量の解雇または配置転換(14)第二二条雇入れの基準(15)第二七条療養保籍期間の一五点をあげ、(1)(2)(4)(7)(8)(9)(10)(12)は適用除外、(3)(5)(6)(11)については別途規定を定めることで意見の一致をみたが、(13)(14)(15)については意見の一致をみなかつたので、意見の一致をみなかつた前記(一)非組合員の範囲(四)県会議員の休職に関する取扱い(五)私傷病の保籍期間(八)臨時従業員の本協約適用に伴う内容の具体化の四項目を懸案事項として原告組合の執行委員会で最終的に決定しその結論に対し各分会の了解をうるため昭和三三年度の労働協約の有効期間である昭和三四年四月三〇日を同年五月三〇日まで延長したのであるが、昭和三四年五月二一日及び二二日の両日実施せられた中央経営協議会において、原告組合は臨時従業員が組合専従者となつた場合直ちに雇傭契約を解約するという小委員会での合意に反して契約の残存期間中は解約しないよう改めたい等と六項目にわたつて小委員会で既に合意に達したものを白紙還元したり新たな提案をしたりしたので、被告会社が懸案事項となつた四項目以外は論議しないと意思を表明した結果、原告組合は臨時従業員の協約適用の問題を全面撤回したこと、そこで原告組合及び被告会社は昭和三四年五月三一日「組合は本提案(臨時従業員の協約適用の問題)を撤回したが、会社は、従来同様臨時従業員については協約上の義務を一切負わぬこと、今回の交渉で会社が提案し又は回答した内容については一切白紙に戻し、何等拘束されないことを確認した上で組合の本提案撤回を了承した」ことを確認し、前記労働協約(甲第一九号証、乙第二三号証)を締結したこと、以上の事実によつても明らかである。右認定に反する証人松尾薫明、同大塚泰邦、同川宿田薩雄の各証言及び原告組合代表者伊藤勇助、原告古木泰男各本人尋問の結果は信用しない。従つて、前記労働協約第一八条に「組合は組合業務に専従させるため会社の了解をえて組合員中より組合業務専従者を置くことができる」とあるのは、同協約第九七条に「本協約は臨時従業員には適用しない」とある規定とあいまつて、協約の締結当事者たる原告組合の組合活動の要求と被告会社の企業活動の要求を調整し、労使間に一般的な秩序を定立するため、被告会社は原告組合に対し、事業運営上の必要その他正当な事由のないかぎり、原告組合員たる常傭従業員の中から相当数の者を在籍のまま組合業務に専従すべきことを承認し、原告組合は被告会社に対し、原告組合員たる臨時従業員については在籍のまま組合業務に専従すべき地位から排除することを承認して、原告組合と被告会社間にかかる組合業務専従者の設置に関する協約を締結し債権債務関係を設定したものと解するのが相当である。原告は「前記労働協約は原告組合と被告会社との間において臨時従業員である組合員については明文化された労働協約は作成されず、本工である組合員についてのみ適用されるものとして締結し、調印されたもので、労働協約第九七条に本協約は臨時従業員には適用しないとあるのはその意味であつて、被告会社と臨時従業員である組合員との間には労働条件その他に関する労働協約の定めはなく、いわゆる無協約の状態である」と主張するが、常傭従業員と臨時従業員の組合員より組織された原告組合が被告会社との間において前記労働協約を締結したのであり、その労働協約第九七条において「本協約は臨時従業員には適用しない」と定め、臨時従業員については組合業務専従者の設置に関する労働協約第一八条、第一九条の各規定をも排除すべきことを協約したのであるから、臨時従業員の在籍専従に関し原告主張のように「無協約の状態」であつたと解するのは相当でなく、従つて、原告の右主張に副う証人松尾薫明、同大塚泰邦、同川宿田薩雄、同中村豊の各証言、原告組合代表者伊藤勇助及び原告古木泰男の各供述は採用しない。原告は、また労働協約第九七条が前記のように臨時従業員について組合専従役員の地位から排除された趣旨に解釈しなければならないものとすれば「それは臨時従業員の団結権、団体行動権を不当に制限し(憲法第二八条違反)、かつ組合員の均等取扱いをうける権利の保障(労働組合法第五条第三号)に違反することになつて、協約第九七条そのものの効力が否定される」と主張するのであるが、いわゆる組合専従役員制度が組合活動に本来的なものとして法が予定し保護を加えているものでないこと既に述べたとおりであり、このことは労使の団体交渉による協約によつて決定さるべきことであると解するを相当とするから、組合員中常傭従業員についてのみ組合業務専従者として労働提供の義務から解放されるべき特権を附与すべきことを協約し、臨時従業員についてはかかる特権を附与しないことを協約した前記労働協約が、臨時従業員に保障された「団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利」を不当に制限し憲法第二八条に違反して無効であるとは到底解せられず、いわんや労働組合法第五条第三号の規定に違反するものでないことは明らかである。

(三)  ところで、前記労働協約が臨時従業員については在籍のまま組合業務に専従すべき地位から排除すべきことを協約したものであることは前認定のとおりであるが、被告会社が臨時従業員についても組合専従役員としての地位を承認することが労働協約上許されないものでなく、臨時従業員について組合専従役員としての地位を承認したからといつて協約違反となるものでもないから、被告会社が前記労働協約にもかかわらず従来労働慣行として臨時従業員についても組合専従役員としての地位を承認していたかどうか、換言すれば被告会社は臨時従業員についても組合専従役員としての地位を承認すべき労働慣行上の義務がある旨の原告らの主張を検討するに、証人川宿田薩雄、同畑田薫、同河村祥の各証言に弁論の全趣旨によれば、原告組合においてはかつて一度たりとも臨時従業員が組合専従役員に選任されたことがなく、従つて、被告会社が臨時従業員に対して在籍のまま組合業務に専従すべきことを承認したこともなく、原告組合が臨時従業員について在籍専従の了解を求めたのは原告古木を以て嚆矢とすることが認められるから、被告会社が前記労働協約にもかかわらず、臨時従業員についても組合専従役員としての地位を承認すべき労働慣行上の義務があつたものとは認めがたい。原告は「長崎造船所においては、昭和二一年一月一九日組合結成以来昭和二二年一〇月労働協約が締結されるまでは、無協約、無協定であつたけれども、在籍の組合専従員として、当初組合執行委員一六名、各専門部副部長二七名、各専門部員一〇数名が会社から専従を拒否されることなく、組合業務に専従していた」こと、「労働協約の文面規定上は専従については会社の了解をうるとされていても現在までの労働慣行上は現実に組合からの一方的通知ということで会社も何らの異議なく処理されているのが実態である」こと、「長崎造船分会の組合員である臨時従業員の組合費徴収については、何らの協約協定はないが、チエツク・オフの取扱いについても常傭工と同一の取扱がなされてきた」こと、「臨時従業員については就業時間中の組合活動についても何らの協約、協定はないが、常傭工との労働協約第一一条(組合活動の自由)、第一二条(組合活動の時間並に給与)、第一三条(離席届)等の規定に準拠して常傭工と同一の取扱がなされた」こと等の事実を指摘して、「前記労働慣行を考慮すれば、原告古木の専従活動についても常傭工と同一の取扱いがなされて然るべき」であると主張するが被告会社が臨時従業員に対し労働協約第一二条に定める就業時間中の組合活動について労働協約の適用としてではなく恩恵として労働協約第一三条に相当する離席手続を認めてきたことは既に認定したところであるけれども、組合専従役員制度も就業時間中の組合活動のための離席手続も同じく企業活動が組合活動によつて制約される性質のものであるにせよ、前者は労働者の面における制約であるに対し後者は労働時間の面における制約であるから、後者について労働慣行が存することから前者についても労働慣行が存し、もしくは存すべきものと速断することは許されないし、その他原告の指摘する労働慣行のすべてが認められるとしても、被告会社が前記労働協約にもかかわらず臨時従業員についても組合専従役員としての地位を承認すべき労働慣行が存し、もしくは存すべきものとは到底認めがたい。

(四)  なお、原告は「労働協約第九章では中央経営協議会の組合側の構成についても従業員でなければならないとされている(労働協約第七六条第二項)。従来右中央経営協議会には組合側から執行委員が出席することになつており、右経営協議会出席は執行委員としての重要な職責とされてきた。ところで執行委員のうちのある者について、在籍専従が拒否されるということになると、その者は右経営協議会に出席できないことになり、執行委員としての職責を尽くせないことになる。従つて組合としては執行委員のうち右経営協議会に出席できないものが生じてくるとすれば、その業務活動上多大の制約と不便をうけ、組織運営上重大な障害が生じてくる。かくて、本件専従拒否がもし容認されることになれば、組合及び組合員は必然的に組合専従役員の選任に当り、原告古木の如き立場の労働者を選挙することの自由が奪われる。」として「本件の原告、被告関係においては、労働協約による逆締めつけという特殊的関係があるから、被告会社は本件原告古木の専従を受忍し、承認すべき筋合である」と主張する。なるほど原告組合の執行委員として選任された臨時従業員は、その在籍専従が拒否された場合、就業時間中に開催された中央経営協議会に出席するためには、常傭従業員に認められた労働協約第一二条(組合活動の時間)、同第一三条(離席届)の権利としてではなく、労働慣行上承認された就業時間中の組合活動のための離席手続によらなければならず、在籍専従を拒否された執行委員たる臨時従業員が就労を拒否して組合業務に専従し、そのため従業員たる身分を喪失した場合には、中央経営協議会の組合側の構成については従業員でなければならないとされているから(労働協約第七六条第二項)、右中央経営協議会に出席できなくなるわけであるが、このような事実が原告のいう「労働協約による逆締めつけという特殊的関係」であるかどうかしばらくおき、在籍専従制度は、沿革的にみても、組合役員たるには従業員でなければならないとするいわゆる逆締付制度の必然的な理論的帰結として生れたものでなく、また、逆締付ないし企業別組合組織にのみ特有な制度でもないのであつて、逆締付制度の存在は単に在籍専従役員の存在を必要とする客観的な諸条件の一つをなすという意味をもつたにすぎないのであるから、逆締付制度の存在を前提として被告会社が当然に臨時従業員についても在籍専従を受忍し、ないしは承認すべき義務があるものとは解せられない。

六、以上考察したところよれば、被告会社が臨時従業員についても在籍のまま組合業務に専従すべき地位を受忍し、承認すべき義務を負うとなすをえないことが明らかとなつたから、原告組合が組合執行委員に選任された臨時従業員である原告古木についても在籍専従とすることについて了解されたい旨申入れたのに対し、被告会社が右申入れを拒否し、原告古木の在籍専従を承認しなかつたことには何ら違法はなかつたというべきであつて、原告組合が被告会社の承認なくして一方的に原告古木を組合業務専従者たる地位につかしめ、原告古木もまたかかる地位につき、従業員としての身分を保持しながらこれに伴う労働提供の義務を履行しなかつたのであるから、被告会社が原告古木に対し雇傭期間の満了日である昭和三四年一一月三〇日を以て原告古木の本件雇傭契約を終了のこととし、その更新を拒絶したのは正当であり、右更新拒絶の決定が人事権の濫用その他信義則上許されないものとして無効であるとは到底解せられず、原告組合に対してはもとより原告古木に対しても不当労働行為を構成するものでないことは明らかである。また、原告古木が昭和三三年九月頃より職場委員、原告組合長崎造船分会の選挙管理委員、労働組合新聞の編纂委員に歴任するなど組合活動に従事していたことは既に認定したところであるが、右のような組合活動がなかつたとしても前記更新拒絶の決定がなされたであらうことは十分に推認しうるところであるから、原告古木の右労働組合活動と前記更新拒絶との間には因果関係はなく、この点からの不当労働行為の成立も否認すべきである。原告は「原告古木が被告会社の職場復帰命令に反して在籍専従をつづけたのは、原告古木の判断というよりも原告古木が所属している労働組合の指令指示に従つたもので」、「執行委員が組合の指示に従つて組合業務に専従するのは当然であつて、原告古木に組合の指令指示に反して組合業務に専従せず、職場に復帰することを期待するのは不可能である。組合の指示に従つて組合業務に専従した原告古木には責められるべき理由はなに一つない。」とし、「原告古木が組合の指令、指示に従つて組合業務に専従したことは原告古木の最も基本的にして正当なる組合運動である」から、「被告会社が原告古木のみが本件について全責任を負うべきものとして原告古木を職場から追放したのは、正当な労働組合運動を理由とする不利益処遇であり、かつ、労使間の継続的信頼関係を支配する公正の原則に反し、人事権を濫用したものとして無効である」と主張するのであるが、労働者はその所属する労働組合の組織運営に関する秩序に従うべき義務があるけれども、そのため使用者と締結した労働契約に基く労働提供の義務を免れるものでないから、原告古木が原告組合の指令指示に従つて組合業務に専従し、そのため労働契約に基く労働提供の義務を履行しなかつたとしても、不履行の責を免れるものではなく、原告古木は自から立候補して組合役員に選任されたのであるから、責任を免れないのは当然であつて、もとより被告会社の承認がないのに一方的に組合専従役員の地位につくことが労働組合法第七条第一号にいわゆる「労働組合の正当な行為」、すなわち、正当な組合活動に該らないことも明らかであるから、原告の右主張は採用のかぎりでない。

七、そうすると、原告古木の本件雇傭契約は昭和三四年一一月三〇日の経過とともに終了し、原告古木は被告会社の臨時従業員たる地位を失うにいたつたのであるから、右従業員たる地位を有することを前提とする本訴請求は理由がない。

第三、結論

よつて、原告全日本造船労働組合三菱造船支部の本件訴は不適法であるから却下し、原告古木泰男の本訴請求は理由がないから棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 阪井いく朗 柴田和夫)

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